「怒ったの?」
と彼女が立ち止まった。
わたしも立ち止まって、ふり向いた。
「ごめん……泣いてた」
とわたしは白状した。
「あやまることじゃないけど。しつこく聞いてごめんなさい」
と言うと彼女は表情を強張らせた。
「ううん……もう、母さんのことじゃないから」
とわたしはぎこちなく微笑んで安心させようとした。
「そう」
と彼女は言うと、わかったわと言うように一度頷いた。
「心配してくれたんだよね、ごめん。悲しくて、じゃないから」
「そう。よかった、悲しくて、じゃなくて」
「うん」
「行こっ」
彼女はニッコリ笑ってそう言った。
「うん」
とわたしは頷いた。
彼女がタタタッと来て、わたしと腕を組んだ。
わたしたちは駅前から海へと向かう道をふたたび歩き出した。
「今日はまたいちだんと感じる」
と彼女が弾んだ声で言った。
「何を?」
とわたしは聞いた。
「ハッピーパワーよ」
「ハッピーパワー?」
「うん。あなたは遠くにいても、こうして近くにいても、わたしのハッピーパワーなの。遠くにいてもただ想うだけで、近くの時は近づくほどに感じるのよ。パワースポットのようにビリビリとね。今日はね、倍増してるって感じなのよね……何かあったの?」
「今日?」
「今日」
わたしは少し笑ってから言った。
「実はね」
「うん」
「今日、はじめてホッピーを飲もうと思ったんだよ」
「へえ~。で、飲んだの?」
「飲んだ。ねえ知ってる? ホッピー」
「知ってる。飲んだことある」
「そう」
「うん」
「そしたら父さんとね、その背景がぶわ~っとよみがえってきたんだ」
彼女はわたしの言葉が意味しているところを考えていた。
「つまりその」
と彼女は言って、わたしが次に何かを言い出せるような言葉を探していた。
わたしはいつものように待った。
「つまりそれが、今日のハッピーパワーのもとってことよね」
と彼女は言った。
「君はそれを感じることができるんだね」
とわたしは言った。
「すごいでしょ」
「すごいね」