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『思いのままに』緋川小夏

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 しばしの間、思いがけず優しい時間が流れた。たわわに咲いた色とりどりの梅の花が、暗く沈んでいたこの場をパッと明るく照らしてくれたような気がした。
「すいません。ホッピーの中、おかわり下さい」
 先生がにっこりと笑って店員に注文をした。気がつくと、わたしのジョッキもほぼ空になっていた。普段はそれほど飲まないのに、今日はついついピッチが上がっていたようだ。
「あ、それじゃあわたしも……」
 すると店員が、思いがけない提案をしてきた。
「良かったら梅酒なんてどうですか? 梅酒のホッピー割り。ふんわりと梅の香りがして美味しいですよ」
「美味しそう。じゃあそれ、お願いします」
 ためしに注文してみると、すぐにジョッキに入った梅酒が運ばれてきた。「外」のホッピーは瓶にまだ残っていたので、それで梅酒を割ってみる。ホッピーを注いだ瞬間、ふんわりと甘酸っぱい匂いが立ちのぼった。
「ふわぁ……まろやかで……美味しい」
「中」を梅酒にしてみると、焼酎とはまた違った味わいがあった。華やかで優しい香りを、ホッピーの香ばしさがうまく引き立てている。
「ホッピーは魔法の飲料なのよ。焼酎や梅酒以外にも白ワインやジン、コーラにもよく合って美味しいわよ」
 他のテーブルの片付けをしていた店員が、忙しく動き回りながらわたしに教えてくれた。
「思いのまま飲めるなんて、ホッピーってこの梅の花みたいだね」
 梅酒割りが入ったジョッキと先生にもらった盆材の梅を交互に眺めながら、わたしはしみじみと笑った。
「そうだね」
そのとき、それまで静かに微笑んでいた先生が急に真顔になって、わたしを見た。
「美鶴ちゃん。これが僕から美鶴ちゃんへの最後のプレゼント。今まで本当に、どうもありがとう」
 そう言って先生は、わたしに向けて深く頭を下げた。咄嗟に「わたしも」と言おうとして、言葉は喉の奥で掻き消された。

 思いのままに生きろ

 と、先生に優しく背中を押された気がした。
「……ありがとうございました」
 わたしは、それだけ言うのがやっとだった。先生は何も答えずに相変わらず焼酎のホッピー割りを静かに味わっている。
 でもそれで良かった。自分から決めた別れだけれど、これ以上、先生に何か言われたら、わたしはきっと泣いてしまう。
 思いのままに咲き誇る色とりどりの花弁を見つめながら、わたしは梅酒のホッピー割りを飲んだ。胸の奥がつんとして、押し寄せる梅の香りと切なさに、また泣きそうになった。

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