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『君と飲んだ、あの日々の思い出を胸に』矢野李佳

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「そりゃ仕方ないさ。だが、人生は長いんだ。最後はそういう思い出こそが、一番胸を温めてくれる。本当だぞ、あんたも俺ぐらいの年になれば、わかるだろうよ」
「別れたのに?」
「別れたからこそだ。下手に結婚なんかしてみろ。ゴミ捨て一つで大げんかとか、ぬか味噌くさい思い出ばかりが残ることになる」
「ぬか味噌って何?」
十蔵が答えずにいると、美和が腕の隙間から、ちらりと見てきた
「ねえ十蔵さん、もしかして励ましてる?」
「老人の義務なんだ」
「ありがとう。うれしいよ」
「ホッピーだってそう思ってるぞ、きっと」
「そうかな」
「そうだ」
 十蔵はそう言い切ると、ホッピーの王冠を人差し指でそっとなでた。

 宮殿から街の中心に戻った十蔵たちは、次の観光地へ向かった。移動のためウィーンの路面電車であるトラムに乗る。混んだ車内の中、二人並んでつり革につかまると、目の前に座っていた中年男性が、十蔵に席を譲ろうとした。しかし十蔵はそれを丁重に断った。
「座ればいいのに」
「今日は長いことグロリエッテにいたからな。尻が痛いんだよ」
 美和はケラケラと笑った。
「ホッピーの話で二時間だものね。きっとお店の人は迷惑だったよね」
「違うな、あんたの失恋話で二時間だ」
「それ言っちゃう?ねえ、そういえば十蔵さんは、ホッピーを飲んだことあるの?」
「もちろんさ、若い頃に大流行した酒だ。店でもよく売れたしな。今は飲んでいないが」
「なんで?あ、海外にいるものね。でも、どうしてウィーンに来たの?」
「女房が死んでね。これまでと違う暮らしをしてみようと思ったんだ」
「えっ、あの、ごめんなさい」
「構わんよ、もうずいぶんと昔の話さ」
 しかし美和がすっかり黙ってしまったので、十蔵は外を眺めることにした。
 窓ガラスに映るくたびれた老人。その向こうで移り変わるウィーンの街並みは、すっかり見慣れたものだ。裏道も知っているし行きつけの店もある。それなのに十蔵は、いまだに夢の中にいるような感覚が抜けなかった。かつて東京の五反田で過ごした時間の方が、よほどリアルな重みを持っている。たくさんの料理を作り酒を出し、妻と子供を育てた日々。
 だが、どんなにあの頃の思い出が胸を温めても、決して戻ることはできない。自分はこの夢の中に死ぬまでいるしかないのだと、十蔵はぼんやりと思った。

 ガイドを引き受けて十二日目の朝、十蔵は例のカフェで美和を待っていた。コーヒーを一緒に飲みながら観光予定を決めるのが、いつしか習慣となったのだ。今では彼女とホッピーが店に来ると、自動的にコーヒーが運ばれる。
 だがこの日の美和は、席に着くなりこう言った。

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