どこまでも厚顔無恥なのか、偶然を装い、大人の対応の名の下に何もなかった風に振る舞うのか、それとも彼女に詫びたいのか、自分でもよくわからなかった。
期待に反して、彼女と偶然店で会うということはなかった。そして帰る頃に今日も会わなかったとほっとするのだ。
彼女のことを教えてくれた店員は、時折こちらを気にしていたが、特に何かを言ってくることもなかった。
普通の店員と客。これも日常のひとつだった。
「最近、美桜ちゃん見ないですね」
「そうですね」
この男がどこまで知っているのかわからず、用心深く相槌を打つ。
「ホッピー、飲みます? ジンジャーエール割」
「いや、いいよ」
「飽きました?」
「そうじゃないけど。ウーロン茶もらえる?」
店員は残念そうにグラスにウーロン茶を注ぎ始めた。
この店に来ていないのなら、それは彼女が意図的に距離を置いているのだろう。
「試験が近いんですかね」
「さあ、どうだろう」
反応しない俺に彼は小さなボールを投げてくるが、どう返すのが正しいのか、考えあぐねた。
「ホッピーって、酒弱い人も酒好きな人も楽しめるのがいいんですよ。一緒にいたい人なら誰でも」
そう言いながら、店員はグラスを差し出した。
そんなことを言われても、もう終わってしまっていた。今更どうにかできることでもない。そもそも会うことすらできていない。
「……一緒にいたいって思われないなら、飲むこともないんだろうな」
氷が書いて音を鳴らすウーロン茶は喉から胃へと冷やしていく。
なぜ、あんなことを言ってしまったのだろう。溢れた言葉は元には戻らない。彼女の傷はもうなかったことにはできないのだ。
「何か引っかかるなら、できること、やればいいじゃないですか」
「別に俺にできることなんてないから」
「そうですかねえ」
店員はそれ以上、何も言わなかった。
居酒屋を出ると、足が自然と彼女の店に向いていた。今まで待つばかりで、彼女だけのテリトリーに踏み込もうとしたことがなかった。
会わなきゃならないなら、会いに行くしかなかったのに。
少しずつ、歩みが早くなり、歩くのがもどかしく、そのうち走り始めていた。
何もできない自分は、波風のない生き方を選んだはずだった。
自分も他人も傷つけずに済む人生。