目の前にあるあどけない寝顔に、寝ぼけた頭が一気に覚醒する。
ちょっと待て。なんで彼女がここにいる?
混乱したまま前日の記憶を辿る。
昨夜、あの店に行くと、偶然、彼女がいた。年の瀬で学校は冬休みに入り、講義がない時間を持て余したのだ。彼女は俺を見つけると、今度は笑って会釈した。これは、彼女にとって、俺はプライベートの知り合いへと昇格したということでいいのだろうか。
俺の隣に断りなく座ると、彼女はほっけの塩焼きとピリ辛きゅうりを頼む。それに焼酎とホッピー。以前、俺に提案した飲み方とは全く逆の、がっつり飲む人セレクト。
「ビールもいいけどさ、ビールって糖質多いじゃない」
カラカラと大きな口を開けて明るく笑う彼女は、やはり仕事柄、体型には気を使っているようだった。
「お酒なら、炭水化物抜いてもおかずがおつまみになるし」
健康的なのか不健康なのかよくわからない発言をする彼女は、単純に酒が好きなのだろう。
「なんでそんなにお酒が好きなんですか」
「なんでだろ? 飲むだけじゃなくて、そこに集まる人が好きなのかな。特にカクテルは見た目も宝石みたいできれいでしょ」
「だからキャバやってるの?」
「キャバはなあ……。お客さんもお店も嫌いじゃないけど、学費のためが一番かな。お酒楽しむだけじゃないしね」
嫌いじゃないというのは、好きというわけではないということだろうか。
「きれいだけどね、飾りのお酒よりは、飲んで笑えるお酒がいい」
ひと月前、彼女のキャバクラで見たシャンパンタワーを思い出す。
きれいで華やかだけれど、注がれた酒はサラサラとこぼれて流れてしまう。
「もしいい酒が出て、酒の味を楽しめるキャバ、あったら?」
「いいかも、それ」
「そして店主のバーデンダーが時々、接客してくれる」
「私がその店作るの?」
彼女は盛大に笑いだし、俺の背中をバンバン叩いた。細くて折れそうな腕なのに、存外力が強かった。人は見かけによらないものだ。彼女が夢を追っているのも、案外苦労していることも、こんなに楽しそうに笑う人間ということも、最初に出会ったあの時は知らなかったし、まして休日、こんな風にカウンターで酒を並んで飲むようなことも想像の範囲を超えていた。
「ホッピーって、焼酎入れるもの?」
「そうね、一番スタンダードな飲み方かも」
好奇心が湧いた。
「俺も飲んでみていい?」
「ええ? 弱いんだよね?」
「今日は接待じゃないし、明日休みだから」