「懐かしいな、ここ」と、ハルが言うと「飲みに来たことあるよな、たしか」と、ナツ。「記憶にないなぁ……」と、周囲を見回すアキ。
「俺、あまり店知らないからさ……とりあえず、行きつけの店でいいかな、お前たちの口に合うかどうか……」
「大丈夫、期待してるよ」
ナツが俺の肩に手を回した。
「そんなに期待するほどでもないけどな……」
メイン通りから路地に入ると、大きな赤提灯が視界に飛び込む。力強く『なごみ』と筆で書かれた文字は、遠くからでも一際目立っている。
「あそこ、あの、なごみっていう店」
「なかなか味のある店だな」
「すごい歴史がありそう」
「ロックな感じだなぁ」
三人の言葉は「古くさい」や「安っぽい」をオブラートに包んで言い換えているだけじゃないだろうか、なんて思ってしまう。どうやら、三人とも店のことは記憶にないようだ。
ガラガラと引き戸を開け、随分と色褪せたえんじ色の暖簾をくぐると、俺の顔を見るなり「いらっしゃい、まいど!」と、威勢の良い大将の声が飛んだ。「この前、お願いしていた四人」「あいよ、奥の座敷どうぞ」と料理の盛り付けをしながら大将が返した。
「常連だな」
「週一くらいな」
「相当な常連じゃん」
座敷に着き、しばらくしてエプロンの紐を結びながら「ごめんごめん、ちょっと家の用事で帰っててね」とやって来たのはオカミさんで、飾らない性格が客の心を惹きつける。
「あら、おしぼり忘れた、ちょっとお待ち」
いつもこんな感じで、なんとも陽気な人なのだ。
「安いなぁ」
写真の無い手書きのメニューを手にするアキ。
「うわっ、すげっ!安っ!」
メニューを覗き込むハルが驚く。
「何がオススメなんだ?」
アキがメニューから俺の顔に視線を移す。
「そうだな、色々あるけど……まず、ホッピーで乾杯してもいいかな」
「ホッピー?……ホッピーな、オッケー、それ、オーダーしてみよう。なっ」
「ああ、いいよ」
「俺もそれで」
ナツに続いてハルとアキが同意する。
「はい、お待ち!」
ほどなくして、オカミさんがジョッキを四つ運んで来た。よく冷えたジョッキは、表面に薄く霜が降りたように白く濁っている。
「どうぞ、よく冷えてるよ」
オカミさんがジョッキとホッピー、そして焼酎をテーブルに並べた。
「これ、もしかして……」
「俺も、思い出したかも」
「ホッピーって、あの時、おっちゃんが教えてくれたやつか」
「そう、あの時に来た店、あの時に飲んだホッピーさ。それが、ここだよ」