ぼくは、彼女のアパートのリビングでソファーに座っている。となりには彼女が座っている。ぼくらのむかいにはテレビがあって、サッカーの生中継が放送されている。
平成三十年、ロシアワールドカップ、日本対セネガル戦。白熱の戦い。
彼女はドライフルーツをもぐもぐたべながら試合に夢中だ。ぼくはホッピーをぐびぐびのみながら、手をのばして彼女のひざにふれてみる。それから、太ももへ、スカートの奥ふかくへと指をすべらせていく。
「やめて」と彼女はいう。「いまサッカーみてんのよ。邪魔しないで」
ごめんよ、といってぼくは彼女から体を離す。拒絶された悲しみで心が暗黒だ。ぼくはふたたびホッピーをのみはじめる。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。ぐびぐび。
わ。ぼくはびっくりしてとびあがる。いったいいつからいたのだろう。テレビのよこにオバケが立っている。どうやら侍のようだ。ちょんまげを結っている。血の気がなく、肌は青白い。ひざから下が煙のようにかすんでいる。典型的なオバケだ。
オバケはからっぽの瞳でぼくらをみつめている。ぼくらには自分の姿がみえていないとおもっているようだ。ぼくは彼女に耳うちする。
「ねえ、オバケがいるよ」
彼女はうっとうしそうにぼくを押しのける。
「うるさいわね。だからなんだってのよ」
オバケは踊りだす。ブレイクダンスだ。テレビのよこでぐねぐね動く。とぶ、はねる、はじける、まわる。まるでさながらマリオネット。悪魔の糸にあやつられている悲しいおもちゃのようだ。
ダンスはどんどん激しくなっていく。ぼくたちにはみえていないとおもって、調子にのっているのだ。しかし、ぼくたちにはすべてみえている。ぼくは教えてやる。
「おい、みえてるぞ」
ぴたりと、オバケはダンスを停止する。え?って顔をしている。
「だから、みえてるぞ。さっきから」とぼくはいう。
そのときのオバケの表情ときたら、いや爆笑ものだったな。
みなさんにもみせてやりたかったよ。