「うん」
「美鶴ちゃんは何が食べたい?」
「うーん。せっかくだから飲みに行きたいな……先生さえ良ければ、だけど」
これからわたし達の間で交わされるであろう別れ話の為に、どうしてもアルコールの力が必要だった。もしかしたら先生を傷つけてしまうかもしれない。でもそれを素面で受け止める自信も覚悟もない。不器用なくせにズルいわたし。
「いいよ。それじゃあ居酒屋に行こうか」
「え、居酒屋?」
「うん。ほら美鶴ちゃんと初めて一緒に行った居酒屋が、ちょうどこの近くだし」
そう言って先生は、ぐるりと駅前広場を見まわした。
「了解。居酒屋でお酒飲んで、美味しいものいっぱい食べよう」
わたしは先生と肩を並べて歩き出した。吐く息が白く濁る。先生が持っていた大きな紙袋が気になったけれど、なんとなく中身を訊くのも憚られて黙っていた。
「美鶴ちゃんと居酒屋で飲むのって、二十歳の誕生日以来だよね」
「そうだね」
告白から一年半ほど経った卒業式の後、わたしはクラスメイトと合流せずに教室に残った。そして再び先生に「諦められない」と自分の気持ちを正直に伝えた。
先生は笑って「じゃあ美鶴が二十歳になったら、一緒にお酒を飲みに行こうか」と言ってくれた。それは先生にとっては何気ない一言だったのかもしれない。日常の延長線上にある、気軽な約束。それでもわたしにとっては一縷の望みとなった。
駅前のバスロータリーを抜けると横断歩道の先に商店街のアーケードが見えた。アーケードをくぐると人通りも多く、賑やかな空間が広がって何故かホッとする。
八百屋さん、パン屋さん、魚屋さん、お肉屋さん……お惣菜を売っている店からは、お醤油と香ばしい胡麻油の匂いが溢れている。通り沿いに軒を連ねる小売店は皆、どこか懐かしい佇まいだ。
「たしか、ここだったよね」
ふいに先生が一軒の飲み屋を見つけて立ち止まった。年期の入った引き戸に大きな紺色の暖簾がかかり、その横には赤ちょうちんが灯っている。まるで時間の流れが止まっていたかのように、あの頃のままだ。
「うん。この店だよ」
二十歳の誕生日。先生は約束通り、わたしを飲みに連れて行ってくれた。もちろん外でお酒を飲むのは初めてだった。そのとき入った店が、この居酒屋だった。
実はその頃、先生は奥さんと別居していた。わたしの存在は無関係であり、性格の不一致とか、奥さんが出て行ったとか、理由は断片的にしか聞かされていない。
その後、多少のりしろの期間はあったものの先生は離婚して、正式にわたし達は付き合うことになった。
「いらっしゃいませ!」
入口の引き戸を開けると、中から威勢のいい声がした。
「お二人様ですか?」
「はい」
土曜日で時間もまだ早いせいか、店内にはカウンターに男性客が一人とテーブル席に年配のカップルが一組いるだけだった。年配の女性店員がぐるりと店内を見まわした後、先生とわたしを一番奥のテーブル席に案内してくれた。