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『映画の片隅で』やまとも

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 叔父が私の実家を離れたのは、高校二年生の冬のことだった。その日学校から帰宅すると、ただでさえ家具の少なかった叔父の部屋はすっかり片付き、壁際の一角に積まれていた本やDVDは段ボールに梱包されていた。部屋の床にあぐらをかきながら衣服をまとめていた叔父は、情況が掴めていない私に向かって、「上京して役者を目指す」とだけ言って荷造りの続きに取り掛かった。
「そんな、いくらなんでも急すぎるよ」
「世の中にはこの歳で主演に選ばれる俳優も少なくないからね。彼らと比べると遅いくらいだろう」
 作業の手を止めてこちらを向いた叔父の顔にはやはり不安や迷いの影はなく、将来の目標について熱心に語る姿はどこか幼く見えた。その頃、大学進学のために受験勉強をはじめていた私は、そんな叔父の奔放さを羨ましく思いながらも、その無謀な挑戦を心配しないわけにはいかなかった。自分の身の丈にあった目標を持つことは、一度きりの人生を棒に振らないために必要な処世術だということを、これまでの短い人生の中からも学んでいた。ましてや叔父の父親、つまり私の祖父は息子たちに厳しく、その祖父を説得するのは困難に違いなかった。
 両親に相談もせずに大学を辞めていた叔父は、案の定祖父から勘当を言い渡され、その身一つで東京に行くことになった。遅くに授かった次男に多大な期待を寄せていた祖父の怒りは相当なものだった。頑固な祖父の言いつけで親族の見送りも許されず、出発当日、私は両親の目を盗んで部屋を抜け出し、雨の降るなかを急いで空港に向かった。
 空港のロビーでは叔父が小さな荷物を足元に置いて飛行機の出発を待っていた。遠くから私の存在に気づくと、少しだけ驚いたような表情を見せ、すぐにいつもの笑顔を作った。
「よくも男の孤独な門出を邪魔しに来やがったな」
 フライトの時間が表示された電光掲示板の下にはスーツ姿のサラリーマンや大きなバックパックを背負った外国人観光客の姿が多くあった。私たちは電光掲示板の時間を睨みながら、何度か短い言葉を交わした。やがて出発の時間が迫ってくると、私は餞別に使い古した高校の教材を手渡した。それはいつか叔父が放り投げた参考書だった。叔父はその餞別に苦笑したあと、妙にあらたまった口調で別れの言葉を述べた。
「お前もいつか人生を賭けてまでやるべきものが見つかったなら、迷わず決断するんだ。人生に遅すぎるという言葉はないというのは確かに本当のことかもしれないが、他人より出遅れてしまったらチャンスが少なくなるのも事実に違いない」
「もし賭けるものが見つからなかったら?」
「そのときは幸せな人生を送ればいい」
 叔父は祖父の旧時代的な勘当も、これから身に降りかかる金銭的な問題も意に介さず、保安検査場の先に飄々と去っていった。私は叔父に手を振るためにしばらくその後ろ姿を追っていたが、叔父はついに一度も振り返ることはなかった。一人残された私は、はじめて経験する所在のなさを持て余しながら、なおもしばらく叔父の背中を追っていた。やがて保安検査場に多くの客が並び始めると、その背中はほかの搭乗者の影に隠れて見えなくなった。

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