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『MIHANE』彩田千愛

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 重たい心を奮い立たせ扉に手を掛けようとした途端、反対側から勢いよく開き、慌てて離れる。空に音の球を放つように、カラン、と鐘が鳴った。
 出てきたのは晴れやかな表情をした女性で、顔回りの髪が華やかに揺れている。
「ここに来るといつも心が軽くなる感じがします。今日も本当にありがとうございました」
 続いて出てきた父に向かって歌うようにそう言うと、軽やかに歩き始めた。私の横を通り過ぎるとき、優しく微笑みかけてくれて、私の心にもふわりと明るいものが流れてくる。 
 女性の姿が遠くなると、「良かった」と父が小さくつぶやいた。
「何が良かったの?」
「うん、ちょっとね。ほら美羽、入って」
 父の大きな手によって開かれた扉。重い心で、久しぶりに足を踏み入れるMIHANE。
 看板と同じように内装も自然色のものが多く、深呼吸したくなるような空間だ。
 天井には木製の小さな風車があって、ゆっくりと回っている。
 レジのところで閉店作業を始める父を見て、私も箒を手に床の掃除を始めた。
「四十越えてから足腰にくるわー」腰をうーんと反らす父。MIHANEに通っていた頃、父と閉店後にこんな風に一緒に過ごすことがよくあった。カーテンを閉めた店内は秘密基地みたいでわくわくしたし、何より、働き終えた充実感が滲む父の顔を見るのが好きだった。
 掃除を終え、落ち着いた洋楽のBGMがやけに大きく響き出したように感じる。
「美羽。ここ、座って」
 父がこちらに向けてスタイリングチェアを回転させる。ブラウンの革張りの大きな椅子。おずおずと座ると、父は鏡の方へ椅子の向きを戻し、ポス、ポスと慣れた動作でペダルを踏んで高さを調整した。身体を包み込んでくれるようにほどよく沈む、久しぶりの座り心地。
「お父さん、私はインタビューを……」
「うん。だからこの位置がいいって思って」
 かつてここに座って父に髪を切ってもらっていた時間は、普段は照れくさくてできないような話もできてしまえるような、大好きな時間だった。
 だけど私はその時間を自ら手放した。鏡を、そこに映る父の姿を、真っ直ぐ見ることができない。
「切ってもいい?」
 降ってきた声に驚いて顔を上げる。軽い口調に合わない覚悟を宿した父の目を鏡越しに見て、気づくと私は髪を結っていたゴムを外していた。
 父に髪を切ってもらう資格なんて私にはない。それなのに。
 一年半もの間整えていない髪が、ボワッと広がる。一年半。父と髪の話題だけを避けてきた期間の分だけ伸びた髪。
 袖付きのクロスを首からすっぽり掛けられ、右腕、左腕と通したところでプリントを出していないことに気づいて立ち上がる。
「プリント持ってくるね」

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