特急列車に乗る前、軽くハグしながら、ひと回り小さくなった背中をやさしくさすった。
華やかに色づいた山々が、車窓をゆったり流れていく。駅弁の蓋を開けて、パクリと牛タンを頬張った。
母から最初にたよりが届いたのは、大学卒業を機に上京してから、ちょうど一ヶ月が経ったころだった。
ダンボール箱を開けると、どっさりつまったお米や野菜の上に、茶封筒がのっかっていた。中には、手紙と一万円札。
「どんなに忙しくても、身だしなみに気をつけなくちゃだめよ。気晴らしに美容室に行って、しっかり労りなさい。明日の自分のためにね」
きっちりした丁寧な文字を目で追って、じんとした。壁がけの姿見を覗いてみれば、後ろの髪がもわっと膨らんでだらしない。
慣れない仕事を覚えるのに精いっぱいで、気がつけば、まだ美容室に行けていなかった。
(よし、予約しよう)
パソコンを開いて検索すると、近くのお店がずらりと出た。全部で十一ページ分もある。
「さすが東京! す、すごいな」
半ば圧倒されながら、上から順にクリックしていく。スタイリッシュな内装や流行りのヘアスタイルを眺めているだけで、うきうきしてくる。
「あー、いっぱいありすぎて、まよっちゃう」
お気に入りのぞうのぬいぐるみを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。ひと通りチェックし終わって、机の上の諭吉さまを横目に見ながら選んだのは、カットとデジタルパーマがセットになったナチュラルスタイリングコースだ。
週末、薄手のスプリングコートをはおって、狭いアパートから出た。スマホ片手に、目抜き通りをゆったり歩いていく。
「あっ、ここかな」
予約した美容室は、何回か入ったことがあるケーキ屋さんの少し先だった。雑居ビルの階段をのぼって、緊張気味にガラスの扉を押し開けた。
「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」
温かく迎えられて、窓側の席に案内された。春の陽が差し込んで、ぽかぽか心地いい。
ふかふかした椅子に座ってファッション雑誌を広げていると、若いイケメン美容師さんが近寄ってきた。すらりと背が高く、逞しい腕がTシャツの袖からしなやかに伸びている。
「こんにちは。本日担当する中西です」
爽やかな笑顔を向けられて、ぺこりとお辞儀を返した。
白いケープをつけてシャンプーをしてもらったら、いよいよカットだ。
パサついた毛先が、床にはらはら落ちていく。リズミカルなハサミの音が、涼やかだ。
「今日はお仕事お休みですか」
「はい」
「いいですね。ぜひリラックスしてください」
「ありがとうございます。最近越してきたばかりで、ずっとバタバタしていて」
「そうですか、慣れるまで大変ですよね。実はぼくもね……」
中西さんに気さくに話しかけられて、おしゃべりが弾む、はずむ。
聞けば、アシスタントを経て、今春から晴れてスタイリストになったのだという。しかも、同じ東北出身とあって、すっかり意気投合してしまった。