「でも、コンビ名だけはいいセンスだと思いません?」
「はい。なんだかインパクトがあります」
「でしょ! 海が割れんばかりの壮大さなのにはこべらって何って感じで。ふふ、お気に入りなんですよね。相方のこみちが考えてくれたこの名前」
彼女はたった今初めて聞いたばかりのような顔をして、くつくつと面白そうに笑った。
「──え、ちょっとめっちゃいいじゃないですかお姉さん!」
背中側に掲げた合わせ鏡を確認するとあぐりさんは興奮気味に顎を上げた。
その後もいろんな話を聞いて彼女のために考えた、右側が長く、左側を短くしたアシンメトリーで特徴的なヘアスタイル。長さを変えくっきりと斜めに切り揃えた前髪と、全体的に入れたレイヤーによってランダムに仕上げた毛先は、一癖あって個性的で、誰とも違う存在感が出ている。
「お姉さん、今まで誰かをこんな風に切ったことあります?」
「正直、初めてです。この辺りは住宅街で主婦の方も多くて、あまり奇抜な雰囲気にされる方はいないんで」
「じゃ、私が記念すべき最初のひとりなんだ」
満足げに頷いた彼女は、この新しいスタイルをとても気に入ってくれた様子だった。
「これ、もしかして青薔薇?」
扉まで見送ろうとした時、彼女はカウンターに置かれたガラスの器にふと気が付いた。
「はい。青い色は白薔薇に染料を吸わせて染めたものですけど。これも元はうちの庭で育てた薔薇なんですよ」
器に目を向け私は答える。
「お花も好きで、趣味で季節に合わせた花を飾ってて。だから、この店の名前もブーケなんです」
「ああなるほど。表の柵に這ってるツタもすごかったし。外観まるでお洒落カフェみたいでしたもん」
私は器に飾っていた花を何本か引き抜いた。
「青薔薇は咲かせるのがとても難しいからこそ、夢叶う、なんて粋な花言葉もあるんですよ」
「夢叶う……」
手際よく濡れティッシュで切り口を巻くと紙でくるりと包んで根元を輪ゴムで縛り、そうして彼女に差し出した。
「どうぞ。良かったら」
「いいんですか、髪まで切ってもらったのに」
躊躇いながらも、嬉しそうに彼女はそれを受け取った。扉を出ていく背中を押すように、私は彼女に声を掛けた。
「夢に近付けるといいですね!」
それから季節もすっかり秋へと移り変わったある日。ドアベルの音に振り返ると、そこに立っていたのははっきりと見覚えのある、あの個性的な髪をした彼女だった。
「あぐりさん! また来てくれたんですね」
「はい、今度はちゃんと客として」
えへへと笑い、勧めた椅子に掛けると待ちきれぬように彼女は切り出した。
「実はね、報告があって。こないだ憧れの大きなお笑いライブの仕事ができたんですよ!」
「わあ本当ですか、おめでとうございます!」
彼女はやや照れくさそうに鼻を擦った。
「この髪型が目に留まるのか、あれからやたらと注目浴びてて、ディレクターからも声掛けてもらえて。今日はバイトでお金貯めて来たんですよ、この髪考えてくれたのお姉さんだから、お礼がてらちゃんと報告しようと思って」
「そうだったんですか。ありがとうございます、私も嬉しいです」