「ありがとうございます。子育てしていたら自分のことに手が回らなくて……それなのに私、子育ても全然だめで今日なんて子どもまで 迷子にさせちゃって。こんなことならせめてきれいにして子どもの自慢のママになりたいですけどね……難しいですね……」
「お子さんのことはママでないとなかなかできないものね。だけど、きれいになるお手伝いなら、私にも少しできるかもしれない。ちょっと来てもらえる?」
奥さんはにっこりと笑うと、私を鏡の前の席に案内してくれた。
「どんなヘアスタイルがいいかしら?」
私の髪は広がりやすいくせ毛だ。それなのに今はスタイリングにまったく時間が掛けられない。一生懸命カットしてもらってもスタイリングで全部台無しにしてしまうなんて、美容師さんにとってはショックな話だろう。私は目の前の優しい美容師さんに失望されたくなくて小さな声で言った。
「いえ、いいんです。私、スタイリングにも時間掛けられないし、このままで……」
「それなら髪の毛の流れやクセに合わせてカットしてみましょ。かんたんなスタイリングでおさまりが良くなるから」
奥さんはうねって膨らむ私の髪を手早く整えていった。奥さんの手が私の髪に触れるとまるで誰かに頭を撫でてもらっているかのように気持ちが落ち着いていく。シャキシャキと耳元で響くリズミカルなハサミの音も気持ちがいい。私の疲れやストレスが余分な髪の毛と一緒に切り落とされるような気がしてきた。
心地の良さに身を任せていると、「どうかしら?」と声が掛かった。手が付けられないほどボサボサだった髪が、つややかでサラサラと手触りのいいストレートヘアになっている。疲れてボロボロだった私が、清楚で上品な私になっていた。
「あなたはとても良いお母さんよ。お子さん二人の笑顔、ピッカピカだもの。愛情たっぷりで育てられている証拠よ。本当にきれいな良いお母さんよ」
鼻の奥がツンとして目が熱くなる。涙がこぼれそうになった。
美容室オアシスに次のお客さまが来たときはもうお昼近かった。
「ここからなら駅まですぐよ。もう混んでないでしょうし電車で帰ったらどうかしら」
「はい、このヘアスタイルなら電車に乗っても恥ずかしくないです!ありがとうございました」
奥さんがふんわりと上品に笑う。
「また来てもいいですか?」
「ええ、いつでも」
「ぼくもまた来ていいですか」
ひろとが元気いっぱいに言う。
「いいよ、今日は楽しかったな!」
ご主人の嬉しそうな返事にゆきとの笑い声が重なった。
うん、今日は楽しかった。なんだか幸せな気持ちになって私も笑った。