なぜか褒められた。
「自分を変えたいって、思っても行動を起こせる人間は少ないよ。僕なんか、こんな歳になっても、いつも思ってる。でも思ってるだけ。恥ずかしい話なんだけどね。僕の奥さん、僕に嫌気がさして、こないだ出てっちゃった」
「中学生に何話してんですか……」
「理由は、いろいろあるんだけど。最大の理由は、僕がハッキリ、奥さんの事愛してるって言わなかったから。これでも本当に愛してるんだけどね。中々うまく言えなくて。君みたいに勇気を出して、自分を変えたいんだけど。この煮え切らない性格はなかなか変えられない。それに比べて、君はすごいよ。本当に尊敬する」
「そんな……」
大人の男の人にこんなにストレートに褒められたのは、晴人にとって初めての経験だった。なんだか恥ずかしい。でも嬉しい。
「僕はね。美容師は、お客さんの人生を応援する仕事だと思ってるんだ」
「人生を、応援?」
「髪形をキレイにするって言うのは、心を楽しくする。心が楽しいと人生は楽しいだろ? そのお手伝いをする仕事。そこで、改めて質問なんだけど、君は本当にモヒカンにしたい?」
「……」
晴人は考える。似合わないと断言されたモヒカン。正直に言えば、自分でもそう思う。それでも自信をつけるためと自分に言い聞かせてきたけれど、本当に自分は、モヒカンにしたいのだろうか?
考えた結果、晴人は首を横にふった。
「うん。じゃあさ。君に本当に似合う髪形を僕に考えさせてくれないかな。僕に君を応援させて欲しいんだ」
そう言って、店長は晴人に笑いかけた。
晴人は、今度は首を縦に振った。
※
「はい、出来上がり」
一時間後、鏡の前にいたのは、晴人が今まで見たことのない自分だった。今までモッサリとしていた風貌が、今はどこか洗練して見える。
「うわぁ」
「気に入った?」
「はい!」
モヒカンではなくても、この髪型なら、自信をもってステージに上がれる。晴人は初めてそう確信できた。
清算を終え、店長と二人の店員が、出口まで晴人を見送ってくれる。
「文化祭、頑張ってね! 応援してる」
「ブチかましてやれよ!」
「またのご利用お待ちしております。頑張って」
三人の大人たちは、口々に応援してくれた。それが晴人にとって大きな励みになる。
「はい。頑張ります!」
晴人は頭を下げて帰ろうとして、ふと足を止めた。
「あの、店長」
「ん? 何?」
「さっきの話。奥さんが出て行ったって……」
「アハハ……。ホント中学生にする話じゃなかったね」
「店長は、変わらなくてもいいと思います」
「え?」
「店長は、僕みたいな子供にも一生懸命になってくれるから、奥さんも、本当はわかってると思います」
「……」
「あ、ゴメンなさい」
晴人は、慌てて頭を下げる。
「……うん。ありがとう」
晴人が帰った後。大島はスマートフォンとにらめっこをしていた。画面には、妻の連絡先が表示されている。表示はしたものの、通話ボタンを押す決意はなかなかできなかった。
「えい」
「へ?」
横合いから七海の手が伸びてきて、通話ボタンが押されてしまった。
「あ! ああっ! な、なにすんの?!」
「観念してください」
「で、でも……」
「中学生に背中押されて何もできないとか情けなさすぎですよ」
「う……」
本当のこのコは、痛い所をついてくる。
「私は、あの子の言う通りだとおもいますよ。店長は、煮え切らなくて情けないけど、それって、優しいの裏返しですから。奥さんだってホントはわかってます」
それだけ言って、七海は去っていった。
ため息を一つつき、観念して受話器を耳に当てる。
しばらくして、電話の相手が出る。
さて、何を話そうか?
あの中学生のように、前に進む勇気を、今こそ奮い立たさなければ。
大島は覚悟を決めた。
「あの、もしもし……」