嘘くさく感じるが、ネットでは、「好きだった人に告白されました」や「急にモテるようになりました」など、にわかに信じがたい口コミで溢れかえっている。
予約はメールのみで受け付けており、この美容室では予約を取れることを当選と呼ぶ。宝くじに当選するくらい予約が困難だということらしい。
その美容室にどういうわけか隆志は当選した。
これには、一生分の運気を使ってしまったと、自分の今後を心配したが、それ以上に当選したという事実に舞い上がった。
これで女性からモテる。隆志の心はすっかりバラ色になっていた。
隆志がこの美容室を予約した理由、それはずばり女性と交際したいからだ。
年齢は26歳。彼女いない歴も26年。女性に興味がないわけでない。むしろ興味はある。だからあの美容室の予約が取れた時はすべてが救われた気がした。それなのに……。結局隆志は伸びきった髪をいつも床屋で切ることにした。
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3月の不動産屋は大忙し。この店舗は大学から近いこともあって、若者に賃貸物件を紹介することが多い。隆志の営業成績はまあまあで、上司からもそれなりに評価されているし、自分自身もこの職場に不満はない。
しかし、先輩の椎名さんだけは目障りだ。というのも、隆志にないものを椎名さんは持っているからだ。
まず椎名さんは人当たりが良い。一見黙っているとクールに見えるが、口を開くと物腰が柔らかく、客に対しても同僚に対しても常に笑顔を振りまいている。
そんな風だから、一度椎名さんの接客を受けた者はみな椎名さんの虜になる。そしてその客が知人を紹介し、その輪がどんどん広がり彼を指名する客が増え続けている。当然営業成績はナンバー1だ。
隆志がなにより気に入らないのは椎名さんがイケメンでモテること。女子大生が二人組で来店すると、必ず椎名さんを横目で見ながらヒソヒソ話を始める。営業成績以上にそれが羨ましい。さらに椎名さんは1年前に結婚したのだが、その奥さんがとんでもなく美人らしい。もう椎名さんには嫉妬心しかない。
隆志は書類に目を通しながら、昨日の美容室での一件を思い出す。何度思い出しても腹立たしい。同じ客商売として許せない気持ちもある。と思いつつ、隆志も人のことを言えた義理ではない。隆志は元来の几帳面な性格からミスが少なく書類も丁寧だと上司から褒められることが多い。しかし、一方でもう少し笑顔で接するようにと注意されることもある。でもまあ昨日の美容師よりはだいぶマシだとも思う。
そんなことを思っていると、ちょうど接客をしている椎名さんの姿は目に入ってきた。いつも通り、感じの良い笑顔を客に向けている。上司はあれを隆志に求めているのかもしれないが、無理だ。あれは自分に自信のある人間だけが産みだせるもの。彼女いない歴26年の自分にあんな笑顔を作れるわけがない。
はあ、今日も気分が沈む。隆志は俯いた。
「横山君」