『カッパ男』後藤由香(『河童伝説(日本全国)』)
1 悪夢の誕生日 あれは忘れもしない、二十歳を迎える誕生日の日だった。 リビングに入ると色鮮やかな出前のお寿司が目に飛び込んできた。三人で食べるには多いぐらいの量だ。明日は休みだから、余った分は明日に回すのかもしれな […]
『白蛇の母』宮沢早紀(『井の頭 白蛇伝説(東京都三鷹市)』)
十月六日 あなたがあんな時間に池に行きたいなんて言った時点でおかしいと思うべきでした。なぜ止めなかったのか、いまだに悔やんでいます。泣いて、泣き疲れて途方に暮れるというのを毎日くりかえしてきました。 今日、姉さんに […]
『アクリル越し』洗い熊Q(『たぬきの火の用心(神奈川県)』)
こんこんこんこん。 お前は聞いているのかい? こんこんこんこん。 ちゃんと聞いているのかい? こんこんこんこん。 ――これはうちの祖母の口癖だ。 口癖と言うより、祖母との記憶で真っ先に思い浮かべてしまう […]
『蟻の恩返し×増殖』五条紀夫(『鶴の恩返し』)
駄菓子屋を思わせる佇まいの商店で買い物をする。自宅から徒歩数分のその商店は、小さな店舗ながらも品揃えが良いので重宝している。強いて難点をあげるとすれば、店主のオヤジの声がデカいところだろうか。 「よお、兄ちゃん! あい […]
『カメはミタ』あきのななぐさ(『浦島太郎(京都府)』)
昔から、興味のあることには首を突っ込みたくなる性分。その為に、ずいぶんとひどい目にあったこともある。でも、そのおかげで色々な事を見聞きすることができたのも事実だろう。 そう、浦島太郎との出会いもまたその一部。だから、 […]
『ミラー』ウダ・タマキ(『姑と嫁(長野県木曽地域)』)
私の人生は、誰のものでしょうか? 私の幸せとは、何でしょうか? 私は、私の思うまま人生を歩み、幸せを掴んで良いはずだと思うのです。なのに、いつからか私の人生は誰かに支配されているような、誰かの幸福を満たすために生か […]
『うみの子』鮎谷慧(『赤い蝋燭と人魚(新潟県上越市大潟区雁子浜)』)
雪が降っている。はらはらと、空が剥落するように。 男は南の生まれで、元来雪というものに縁がない。初めて見る雪に思わず足を止め、鼠色の空からとめどなく落ちてくる白い欠片を不思議そうに眺めていた。 足を止めると、そ […]
『あれはきっと、同じ月』草間小鳥子(『やまんばのおはなし(福岡県糟屋郡志免町)』)
そういえば琴音とは月を眺めてばかりだ。 赤信号で立ち止まり織子は思った。一日のうち織子が立ち止まる時といえば、信号待ちくらいのものだった。朝は五時ちょうどに跳ね起きてその日の夕食を仕込み、洗濯機を回しながら琴音の幼稚 […]
『あっても、なくても』松ケ迫美貴(『こぶとりじいさん』)
「俺はね、これをモモちゃんひとりの問題だと思ってないんだ。もちろん、モモちゃんが綺麗になりたいと思うことも、それに対して、その、できるかぎりの努力をしたいと思っていることも、なんにも悪いじゃないんだよ。ただ、たとえば自己 […]
『名に恥じぬ人生。』松ケ迫美貴(『寿限無』)
今にして思えば、命名されたその瞬間が、私の人生にとって最上の、そして唯一の、幸福だったのかもしれません。 私は父上と母上から受けた愛情を一度も疑ったことはありませんでした。それは確かに、疑う余地もなく、生を受けたその […]
『俺だって、強い。』真銅ひろし(『桃太郎(岡山)』)
こんな馬鹿な事があってたまるか。第一に桃から人間が出て来る事自体おかしいんだ。 「・・・。」 けれど、今さらそんな事を思った所で現実は変わらない。 「柿次郎、もう一本やろう!」 桃太郎はまだまだ元気一杯といった感じ […]
『いきものたちの恩返し』白波瀬海渡(『貝の恩返し(佐賀県)』)
備前の国の、ある村のお話。 山々の間に広がる大きな盆地に、村の名主の弥助が住んでいた。弥助には貝姫と呼ばれる評判の美しい娘がいた。貝姫の名はチヨといい、心優しい娘だった。チヨは村人が狩りのために山に入っていくのを見る […]
『道祖神』太田純平(『傘地蔵』)
(1) 高校の廊下が何メートルにも渡り続いている。いつもと違うのは壁の装飾と五歳くらいの男の子が平然と歩いていることだ。 今日は文化祭。まるでパレードの通り道だ。女子生徒がキャーキャー言いながらこちらに向かって駆けて来 […]
『三十五日目の山参り』十野響(『三十五日目の山参り(兵庫県淡路島)』)
私が暮らしている淡路島には昔からの古い習わしがある。身内の者がなくなった三十五日目に十三個のおにぎりを作り東山寺にある閻魔堂に四個、六地蔵に六個お供えして東山寺の裏山から三個後ろ向きに転がして振り返らず帰るという習慣。 […]
『蘇る昔話の神』霧水三幸(『長者ヶ森(山口県)』)
――八月の暑い日、私は彼の運転する車の助手席から無数に並ぶ石灰岩の柱を眺めていた。 彼の運転中にスマートフォンを見ると機嫌を損ねるため確認が叶わないのだけれど、確か現在地の住所は山口県美祢市美東町秋吉台だったはずだ。 […]
『化かされて』斉藤高谷(『にわか入道(埼玉県)』)
突然来なくなった大学生の代わりに入った夜勤を終えて帰宅すると、ヨーコから「話がある」と言われた。彼女はえらく改まった様子でダイニングテーブルに着いていた。俺はその向かいに座った。テーブルに置かれたドラッグストアの真っ赤 […]
『段ボールの獅子頭』平大典(『屋台獅子(長野県南信州地域)』)
「なにをするんだ」 暑すぎる夏の日のことだった。 小学二年生になる娘が中二階の倉庫に置いてあった段ボールを何枚か引きずってリビングへ来た。どうやらなるべく分厚く強度がありそうなものをセレクトしたらしい。 「なんでも」 […]
『おひなさま』香久山ゆみ(『ひな祭り伝承』)
くそ。やっちまった。 「おばあちゃんの調子が悪くて。病院行くから、子どもたちの面倒見てくれない?」 なんて、ただ事ならぬ電話をくれるものだから。慌てて駆けつけてみりゃあ。 おねえに騙されて、親族の集まるひな祭りにま […]
『わたのはらの姫』七尾ナオ(『江談抄などの小野篁伝説(京都)』)
父さんは、隠し事をしてる。私が気づいていないと思っていることまで、私は気づいてる。 「この、小野篁という人物は、なかなか波乱万丈な人生を送ってまして、はい。一説には六堂珍皇寺の井戸からですね、あの世へ通って行って、閻魔 […]
『西出口』劇鼠らてこ(『賢淵(宮城県仙台市)』)
その日は雨でした。 突然の天気雨。天気予報では0%、朝に肌で感じた空気もカラっとしていたのに、夕方から土砂降りの雨。空にはまだ赤色が残っていて、けれどこうも降られてはさぁ大変。 カバンを頭に乗せて、走っていく人。コ […]
『置いてけ屋』劇鼠らてこ(『置いてけ堀(埼玉県)』)
都心から少し離れた所にある、些か寂れた小さな居酒屋。 そこでは店主の親父さんが、”チョっと変わってる”って噂になってた。 変わってる、なんて言ってもどうせ喋り方とか、奇抜な見た目とかなんだろ […]
『風に乗せて』小山ラム子(『てでっぽっぽ(岩手県)』)
ねえ、風太(ふうた)。 聞こえているはずなのに、なかなか振り向いてくれない彼。こっちを見てほしくて、わたしは何度も彼の名前を呼ぶ。 ねえ、風太。ねえ。 ようやく振り向いた彼の表情は、わたしの期待とは裏腹に険しいも […]
『カチカチ山』笠倉薫(『カチカチ山』)
昔むかしおじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。 おじいさんが山で取ってきたもので道具を作り、それを売って生活していました。 生活は貧しかったけれど、家の裏の畑で野菜を育ててふたりは穏やかに暮らしていました […]
『パプリカ』ウダ・タマキ(『檸檬(京都)』)
自由だった学生時代は呆気なく終焉を迎え、社会の秩序と会社のコンプライアンスに縛られる息苦しい生活が訪れて早十年。何気なく入社した中小企業で営業マンとして日々頭を下げて行脚する生活には慣れたが、慣れによって生ずるは退屈、 […]
『うどん屋のアレ』室市雅則(『榎木の僧正(京都)』)
店の名は『菜の花』。 食べるのも見るのも好きな花。それに老若男女から親しみを感じてもらえそうだから。 それは重要なこと。 少し前に私は『うどん屋』を開店させた。 カウンター七席だけの可愛らしいお店。 とある会 […]
『そう願って、わたしも』小山ラム子(『継子の機織り(沖縄県)』)
『わたしってお母さんの本当の子どもじゃないのかなあ』 姉がそんなことをぽつりと言ったのは、たしかわたしが小学四年生のときだ。だから一つ年上の姉は小学五年生で十一歳。つまり今から九年前のことだ。 あのときわたしはなんて […]
『レイラ~カムイコタンものがたり~』難波繁之(アイヌ民話・伝承『神居古譚 〜魔神と英雄神の激闘〜(北海道旭川市)』)
大いなる昔、イ・シカラ・ペツ(石狩川)の上流部にニッネカムイという魔神が住む場所がありました。ニッネカムイは周辺に居を構える上川アイヌが平和に暮らしていることを妬んでいました。時には空に向けて魔法をかけ大雨を降らしたり […]
『Kids Are Alright』室市雅則(『花咲かじいさん』)
「これ描いて、持っていたら500円もらった」 放課後、吉田くんはそう言って犬が描かれたノートの切れ端をみんなに披露した。 そこには色鉛筆で茶と黒が混じった毛で真っ赤な舌を出した犬が描かれている。上手くは無いし、何犬か […]
『本物。』斉藤高谷(『忠直卿行状記』)
化粧室に入ると百花が鏡に向かっていた。 鏡の中には、ずぶ濡れの顔と空っぽな眼。映像を見てキャーキャーいうだけだった収録の後とあっては無理もない。 「またそんな顔してる」私は彼女にタオルを差し出した。「パパの言葉を忘れ […]
『猫ムコ入り』淡島間(『犬婿入り(日本各地)』)
今日、娘が婚約者を連れてくる。それで朝から、不機嫌なのだ。 マコは我々の一人娘だ。私が24歳、妻が23歳の時の子だ。年を取ってからできた子は可愛い、と言うが、別に若くしてできた子も可愛い。特に、マコは生まれついての美 […]