アパホテルから多摩堤通りへでて、左にまがると、すぐに、ツタがからんだ古い家がみつかった。
しもた屋ふうだが、一応、店舗で、ペンキが剥がれたブリキの大きな看板に文具店の文字が読めた。
店名は、ツタの葉が幾重にもかかって読めなかったが、栗山はそれが須田と知っている。
店の前に男が突っ立っていた。
ジャージの上下にサンダル履きで、タバコの煙を空に吐き出していた。
すっかり禿げ上がった頭部と少年のイガグリ頭がかさなった。
後頭部と耳が大きく、鼻がすこし上をむいて、愛嬌があった。
「スダ、おれをおぼえているかい」
口を半開きにして、それから、目をまるくした。
「クリかい?」
「50年ぶりだぜ」
「もっとだ」
「二人ともハナったらしで、このあたりを走りまわっていたものさ」
「なかへはいってくれ、両親はとうに死んで、いまは、女房と二人暮らしだ」
タバコをくわえたまま、店のなかへむかい、ゆっくりふりかえった。
「旨いコーヒーを淹れる」
栗山が蒲田から去ったのは、50年以上も昔だった。
銀行員だった父親の転勤で、蒲田から大阪、さらに札幌へ移って、10年後ふたたび、東京の落合へ舞い戻ったが、蒲田へは足がむかなかった。
大学から結婚するまで、一人暮らしで、帰省は親元ときまっていた。
父親の転勤地、とりわけ、小中学生時代をすごした蒲田を懐かしく思わないわけはなかったが、とうの昔に、現実から切り離された場所へでむくのが億劫で、何十周年かの同窓会も、わずかな寄付金を送っただけで欠席した。
そのうち、案内状も来なくなって、蒲田がさらに遠のいた。
蒲田に来るのがこわかったのかもしれない。
子どもの頃の記憶は、幻想がまざりこんで、西蒲田公園でみた紙芝居のように、思いうかべるだけで、胸がせつなくなった。
だが、実際に足をふみいれたら、きっと、平凡な町並みが広がっているだけで、そのとき、なにかを失ってしまったように思うにきまっている。