9月期優秀作品
『泣いて、笑って、味わって』あまのかえる
「ふぅ、だいぶ片付いたね」
私が母の衣服を畳んでいる姉の美佳に声を掛けると、美佳は部屋に並んだ母の遺品を見渡した。
「そうだね、環は何か欲しい物ある?」
「うーん、コーヒーミルは母さんが大切に使っていたものだし、まだ使えるからあれは引き継いでいけばいいんじゃないかな」
「そうだね、手入れの仕方、環わかる?私知らないよ」
「え?あれって手入れとか必要なの?ちょっと面倒そうだね」
「今、あんたが引き継ぐって言ったんだからね、責任持ちなさいよ」
「二人で引き継ぐことに意味があんのよ、ねー」
「そんなこと言って、結局私が手入れすることになるんだろうな。はぁ、先が思いやられるわ」
母が亡くなり1か月が経過していた。私も姉も、平日は仕事があるため、週末に少しずつ母の遺品を片付けていた。母の遺品を整理していきながら、少しずつ、私たちは母がいないことを寂しく感じ、母がここに居たことを感じながら過ごしていた。
母は末期がんと告知されてから、ほぼ自宅でその人生を過ごした。その生活ぶりは、告知される前といたって変わらず普通に過ぎていった。私たちにはいつも小言を言い、テレビのお笑い番組を見てげらげら笑い、ご飯を美味しいと食べていた。がんの浸食により摂れる食事の量や、外へ出かける頻度は徐々に減ってはいったが、この家には母が生活している面影がそのまま残っている。自宅の中には母が使っていた日用品がそのまま残されているため、私たち姉妹は気持ちの整理も込めて、少しずつ母のものを片付けていた。
片づけが一段落付いた土曜日の昼。私たちはお昼ご飯を素麺で済ませようと話し、準備に取り掛かっていた。
――ピンポーン
玄関から予備鈴が鳴った。
「誰だろうね。環、ちょっと出て。鍋が噴出しそう」
姉は、お湯が沸きだしている鍋に慌てて駆け寄る。私は、姉の指示に従い、玄関へと小走りで駆け寄り扉を開けた。玄関には、ひょろっと背の高い男性が立っていた。ベージュの短パンに白いTシャツ。ブルーのキャップを被り、右肩には大きな黒いバックをかけている。年は私たち姉妹より少し上の30歳前後といったところだろうか。
「どちら様ですか?」
「はじめまして、今井と言います。さつきさんが亡くなったと聞き、さっきフランスから日本へ戻ってきました。空港からそのまま来てしまって、こんな格好で申し訳ありません」
と被っていたキャップをとって、丁寧に一礼をした。