小説

『狼少女』あだちまる子(『嘘をつく子供』)

 ある日、コバヤシが「これ知ってる?」と、私に国語辞典を見せてきた。知らない言葉だったけど、「うん」と答えてみた。するとコバヤシは驚いて、「じゃあ……」と、また別の言葉を見せてきた。どれも知ってると答えると、コバヤシは「やべえ」と喜んだ。

 ある日、私は父のエアガンを見に来ないかとコバヤシを家に誘った。数日後、コバヤシはもう一人の変わり者を連れて来て、喜んでエアガンを触った。しかし、コバヤシはエアガンよりも人懐こいチビとクロに喜んだ。学校では粗暴で変わり者扱いされているコバヤシだけど、チビとクロにまなざしは優しかった。

 人見知りのメイも「猫好きな」コバヤシとすぐ仲良くなり、もう一人の変わり者を含めた四人でよく遊ぶようになった。そして、美容室の裏にある野良猫の集会所に秘密基地を構え、放課後、四人で野良猫の後を付けて回った。野良猫を見つけること、四人で集まること、コバヤシの優しいまなざしを横で見ること、どれも好きだった。

 
 五年生に進級して、クラスメイトたちは「大人な会話」をするようになった。内容は、親の不仲や離婚危機、片親の家庭事情。子ども同士、昨晩の親のけんかの様子や、親の将来について真剣に語り合っていた。

 その頃、私とメイもよく「大人な会話」をした。でも、メイの話は「包丁をお母さんが取り出した」とか、「離婚届を用意してた」といったハードなものばかりで、反応に困る事が多かった。ただ、メイはまるで昨晩のテレビのことを話すように明るくそれを話していたから、私はのんきに(うちの親も、もっと激しいけんかしないかな)などと思いながら聞いていた。

 しばらくすると、メイはまた学校に来なくなり、放課後、家から顔を出すこともなくなった。
 そして、メイは親の離婚を理由に転校した。

 電車で一時間ほどの場所へ引っ越したという、名字の変わったメイからのはがきに、お返事の手紙を送って以降、音沙汰がなくなった。しばらくするとメイが住んでいた家には空き家の看板が掛かり、放課後、秘密基地に集まることもなくなった。

 私は放課後以外のメイを何も知らなかった。メイは私に本当のことをたくさん教えてくれたのに、私はメイに嘘ばかり教えていたから嫌いになったのかもしれない。信じたくなくて、認めたくなくて、受け止められない臆病な私には、放課後の日々を忘れようとすることしかできなかった。

 
 一五歳の春、私は電車で一時間ほどの場所にある高校へ進学した。まあまあな距離だけど、足りない頭で行ける学校の中では、そこが一番近かったのだから仕方ない。しばらくすると、似たような派手な容姿のクラスメイトたちと仲良くなったけど、特に楽しいわけでもなかった。そんなある日、校内の廊下で、見覚えのある背の小さな女の子に目がとまった。メイだった。

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