猫だ。茶色の猫が傘に掴まりながら飛んで来た。そして浅子達の前を通り過ぎる瞬間。
「――偶にはさ! こうやって身を任せちまうのもぉぉ……」
そう叫びながら飛んで行った。
浅子は真っ青になり飛んで行った猫を指差しながら、驚きで声にならずシーズー男に伺っていた。
「あ、あ、あれ……」
「ああ。あれは猫の三太郎さんだ」
いや名前を聞いてるんじゃなくて!
浅子は猫が叫んだ事を驚き訊いていたのだが。さらっとシーズー男が紹介して飛ばされてていいんですかと訊き返したくもなった。
「三太郎さんは、ああやって遊ぶのが好きな人なんだ。本当に風変わりな人だ」
いや人って!? 猫だよ!?
絶句のまま浅子が茫然としていると、また前から傘が飛んでくるのが見えた。無論当然、あの猫が掴まりながら飛んでくる。そして叫ぶ。
「――長いものに巻かれろって言うじゃん!? それも偶にはいぃぃ……」
そう言いながら、また飛んで行った。
浅子は茫然自失。同じ猫? もはや叫んだ事より、どうやって戻って来たんだと困惑。
その横でシーズー男が平然と三太郎と紹介した猫を語るのだ。
「正に風来坊。ああいった生き方には憧れるもんだが、あれはあれで、それ特有の辛さがある。安易に飛び込まず覚悟した方がいい」
男の語りにあんぐりと口を開けて答えるしかない浅子。
その間にも猫の三太郎は、何度も目の前に飛んで帰って来ては叫ぶのだ。
「――意外とさ! 世間体を気にしないといいかもよぉぉ……」
「――流され身を任すと見えることもさぁぁ!……」
「――そうなんだと割り切ってしまえば楽かもぉぉ!……」
「――なんか気持ち悪くなってきたぁぁ!……」
何度も飛んで帰ってくる猫の三太郎。
飛ばされて大丈夫かよりも、一体どんな仕組みで帰ってくるほうが不思議に思えてきた。
浅子が唖然と見ていると、その内に三太郎は帰ってこなくなった。
「……か、帰って来ませんね」
「何処かで吐いてるんだろう。頑張って回っていた様だから」
いや頑張るって何が!?
不可思議な展開に浅子は困惑でふらふらしてきた。
一体なに? 猫が飛んで来たと思えば喋ったり。実は今、目の前にいるシーズー男も被り物じゃなくて本物の……。
そんな錯乱寸前の彼女に対して、風は容赦なく吹付を強める。困惑なんてしてられない。命の危険まで感じる荒れようだ。