小説

『なんともまぁ狭き世界で』太田純平(『如何なる星の下に』高見順)

 すかさず真弓が言った。私の強張った顔を見て。あまりにも唐突。あまりにも容赦ない現実の攻撃。私は答える代わりに、似合いのカップルを顎でしゃくった。
「なに? 誰?」
「アレ」
「アレって?」
「さっきの」
「?」
「俺の好きな子」
「マジ!?」
 真弓が二人を注視する。やがて連中の横顔が見えなくなって、背中も宝蔵門の人混みの中に消えると、真弓がぽつりと独り言のように言った。
「似てたね」
「え?」
「美羽たんに」
「……」
 正直、真弓の言った事が全てである。私が停滞しているのは仕事や夢だけではない。恋愛においてもである。私はいまだに美羽という幻影を追い求め、第二第三の美羽に恋い焦がれては、また敗れ――というのを繰り返してきた。
「まぁイイじゃん。ドンマイ」
 また真弓の体当たりを受けた。華奢な真弓。私がマッチ棒なら彼女は爪楊枝だ。とはいえ今は踏ん張る力が足りず、思わず身体がヨロけてしまった。
「大丈夫?」
 真弓が腕をとって私を支える。ダサいシーンを苦笑いで誤魔化す。
「そんなに憧れてたんだ? あの子に――」
「いや……別に……」
 少なくとも誰かに「お前は負け組だ」と言われるよりよっぽど応えた。もう恋なんてしないと私は誓う。どこぞの歌詞なら言わないよ絶対と続くかもしれないが、現実は違う。
「並ぶけどお参りだけしよっ」
 そう言って真弓は私の腕に絡みついてきた。きっと慰めてくれているんだろうと思い、特段触れずに歩き出した。もはや鈴木百合亜に遭遇しようと構いやしない。
 浅草寺の長蛇――というより全校集会のような参拝客の列に並び始めた。私の顔に「落ち込んでいる」と書いてあるのか、しきりに真弓が気にする素振りを見せてきた。こちらに顔を向けるとか、組んでいる腕を振るとか、ちょっとした仕草だけでも彼女の配慮が伝わってきた。
 隊列がわーっと前の方へ進む。すると本堂へ続く階段の途中で、中年の警備員に「一旦止めま~す、お待ち下さ~い」と列を制御された。確かに本堂の中はあまりにも参拝客が多いので、お賽銭というよりはハンドボールみたいになっている。
 そんなちょっとした待機時間、不意に真弓がフリスクをくれた。自分がいつも食べているフリスクとはサイズが違ったので、努めて明るく「フリスクにしてはデカくね?」と言うと、彼女は答えずに「ハァ~」と大きなタメ息を吐いた。嘆きというよりは、わざとらしい呼吸だった。
「タメ息吐きたいのはこっちだよ」
 自嘲気味にそう言ってやると、彼女は意に介さず「なにお願いするの?」と私に訊いた。
「世界平和」
 今さら何をお願いしろというのか。やけになってそう答えると、彼女は期待していた答えじゃないという顔を作って、こんな事を呟いた。
「キミには分からないだろうなァ」
「……何が?」

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