小説

『目のあるメゾン』紗々井十代(『絵のない絵本』)

 その晩、私は物憂げな少年の元を訪ねる。
 肌寒さがようやく重い腰をあげようかという秋の頃だ。
 彼は部屋の窓際で、何かを憂いているようだったが、私の顔を見ると喜んだ。
 「やあ月。いい夜だね」
 「そうかな。君にとってはそうでもないみたいだけど」
 私がちょっと白い光で心を透かしてやると、彼は照れくさそうにした。
 「今日に限ったことじゃないんだけどね。毎晩、暗くなるたび胸が苦しいんだ」
 空気の澄んだ夜だから、その甘酸っぱいような肌を通して、きっと彼が恋煩いしているのを敏感に悟ることができた。
 「君はおしゃまだね」
 「よせよ。月から見たら僕なんて幼子同然だろうけどね。これでも立派に思春期なんだぜ」
 彼が変に胸を張る可愛らしくて、私は丸い額にそっと口づけをした。
 「だから月。僕は君に頼みごとがある」
 「なんだろう。私にできることなら」
 「ある女の子のパンツの色を、僕に教えてほしいんだ」
 最初聞き違いかと思った。彼の肌を通して感じる青い純情や、ほろ苦い切なさとは、かけ離れた頼みに聞こえたからだ。
 「僕はどうしても好きな女の子のパンツの色を知りたくて、夜も眠れないほどだ。恥ずかしながら、どうやら君はお見通しのようだけど」
 「ちっともお見通しじゃない」
 私はびっくりして縮んでしまった。まん丸い身体が途端に細くなったから、道行く人にはさぞ不気味に映っただろう。
 「なんでパンツなんだい。君は無垢な少年かと思ったのに」
 「立派に思春期と言ったじゃないか」
 「たしかに立派に思春期のようだ。馬鹿馬鹿しいほどに」
 そのまま雲の影に隠れてしまえたら良かったのだが、生憎の晴れ模様ときている。
 「それではパンツを見てきてくれるかな」
 私は渋った。たしかに夜を駆けている最中、人の着替えやら秘め事やら覗いてしまうこともある。しかしそれをまじまじと眺め、ましてや人に教えるなど、道理を欠いたことだ。
 「君は破廉恥だ」
 そう言い放った。
 「破廉恥な上に卑しいやつだ」
 「だけど僕が特別そうというわけじゃない」
 「いや特別さ。例えば私の古い友人に絵本作家がいてね。彼が絵本を作るために、私は何度も話を聞かせたことがあった。だけどパンツの色をせがまれたことはない」

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