小説

『RYUGU嬢』村田謙一郎(『浦島太郎』)

「三浦さん、またお会いできましたね」
「……乙姫ちゃん」

「でも、お会いできたということは……開けてしまったんですね」
「……あれ、何?」
乙姫は少し寂しそうな顔で下を向いている。
「ぶわっと煙が出てきて、そしたら白髪が生えて、シワができて、いっぺんに年取ったような気がするんだけど」
「どうぞこちらへ」と、彼女は席へと私を案内する。

ソファに並んで座る。乙姫がまっすぐな視線を私に向ける。
「あの箱の中身は、時間です」
「……時間?」
「ここで過ごす1日は、あちらの世界での約10年に相当します。箱を開けなければ、元のままの世界で過ごすことができたんですが、開けると同時に、時間が加算されてしまうんです」
 乙姫が注いだ水割りを口にする。少しだけ気分が落ちついた。彼女の言葉を咀嚼するのに時間がかかった。いや、そもそも理解などできるわけがない。私は自分の頬を思い切りつねった。
「イッ! やっぱ夢じゃない。ここは何? 一体どこ?」
 乙姫は優しく目を閉じ、穏やかに微笑んだ。
「ここは……やさしい人だけが入ることを許された世界です」
「やさしい人?」
 私は店内を見渡した。客の男とキャバ嬢が、それぞれのツーショットの時間を楽しんでいる。よく見ると、男たちは皆一様に年配らしく、白髪や薄毛の者ばかりだ。
「私、ほんとはうれしかったんです。三浦さんとまた会えて」
  私を見る乙姫の視線に、熱がこもる。
「……どうして箱を開けたんですか」
「それは……会いたかったから、乙姫ちゃんと」
「うれしい!」
と、彼女が抱きついてきた。
「ちょっと」と体を離そうとしたが、あの甘い香りに力が抜ける。
「さ、飲みましょう」

 グラスを重ねるにつれ、氷が溶けるように、私は乙姫との世界に浸った。そしてその夜、夢のような、しかし夢とは思えぬ歓びとともに、私はまたベッドの上で、彼女とひとつになった……

   
……うっすらと目を開く。朝の光の眩しさに、再び目を閉じそうになるのを耐え、なんとか立ちがる。心地いい疲れに身体が揺れている。

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