小説

『解放』椎名(『故郷』)

 友達が国語の宿題を忘れたペナルティで、漢字の書き取りを二万字書くことになった。俺は、そいつが書き終わるまで待っていてあげた。
「あー、もやだ。なんであの国語教師はこんなに意味のない課題を出すんだ。もう嫌になった、死にたい!」
―え?今死にたいって言った?確かにさっきから、指を痛そうにさすっているし、苦しそうだ。俺に何とかしてあげられないか?一緒に書いてやるか?でも、あの国語教師は生徒の字まで完璧に分かるから、手伝ったのがばれてしまう。あ、そう言えば、前回のテストでやらかした時も、こいつ死にたいって言ってたな。ほんとに死にたいって思ってんだなあ。
「あー、もう指動かなくなってきた。マジ死にて―。」
―やっぱりこいつ、ほんとに死にたいんだ。じゃあ、俺が殺してあげるしかない。俺しかやってあげられない。あいにく、ナイフは家にあるし、毒はまだ調合できないしな。普通、自殺と言ったら屋上から飛び降りが主流だな。屋上に誘ってから突き落としてあげよう。
「気分転換に屋上行かねー?」
「そうだな。」
 友達は、何の疑いもなくついて来た。俺は速やかに、彼を苦痛から救ってあげた。

 二万字の書き取りは、友達をとても苦しめていた。俺はその苦痛から友達を救ってあげた。良いことをしたんだ。なのに、なぜ俺は今、法廷にいる。そういえば法廷に入る前に俺は精神鑑定を受けた。結果は、「異常」だった。なんでだ。俺は友達を救っただけだろう。

 結果は無罪だった。俺は少年院に入らなくて済んだ。後ろの傍聴席では、友達の両親が泣いている。傍聴席の人々は騒ぎ立てて、
「死刑にしろ!」
「サイコパスめ!」
などと叫んでいる。俺はあいつを救っただけなのに、何でこんなに恨まれるんだ?

 家に帰ると、窓が割られてドアも破壊され、「死刑」と書かれた張り紙が、あちらこちらに貼られていた。何とかドアを開けて家に入った。電話がジャンジャン鳴り響いている。母が
「また抗議の電話だわ。この子は友達を救ったのに、何がそんなに悪いことなのかしら。」
 母は明るい声で電話に出た。父は、俺に
「お前も災難だったな。シャワーでも浴びて寝たらどうだ。」
「うん、そうする。」
 俺はシャワーを浴びた。

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