小説

『マルドゥック・アヴェンジェンス』上田裕介
(inspired by 小説『マルドゥック・スクランブル』)

「この部屋の住人の姿がない。へたすりゃ既に口を封じられてるかもわからん。そうなる前に動くのが俺たちの仕事だ。あんたらの仕事は事件が起こってからそれを調べること。だろ?」
「ですが、それはこれから我々が……」
「それじゃ遅いっていってんだ。事件解決の手柄は鑑識課にくれてやる。だから俺に情報屋の安全を寄越せ。俺にはそれだけで十分だ」
「あなたが追っているのはそれだけの事件だと?」
「俺にとってはな。こっちのヤマはあんたら鑑識には縁のないヤマだ。あんたはこの事件を解決することに集中してくれていい」
「わかりました。ですが僕も同行させていただきます」
「あんたが? おいおい、現場検証は終わってないって言わなかったか?」
 マックは自身の足元を指さす。現場検証中だからここで立っていたんだぞ、という暗黙の非難。
「ええ。仰る通り、ここで調べることはまだ沢山ありますよ。ですがね、貴方一人で追わせるわけにはいかないんですよ殺人課の“ファースト・バイト”のマック・ジェネローにはね」
「へぇ。俺も随分と有名になったもんだ」
「今さっき調べたんですよ。貴方の検挙件数、それは素晴らしい戦績だ。けれどその事件のほとんどが裁判で有罪判決になっていないようですね」
マックはチッカーを見る。
「ほんと便利なおもちゃだこって」
 “ファースト・バイト”
 警察が行う、証拠不十分な容疑者に対して牽制の意味合いを込めた強引な検挙を意味する暗喩。
 ストーカーまがいの尾行で難癖をつけて交通法違反、警官側から暴力を仕掛けた上での公務執行妨害、本命の嫌疑とは無関係の理由なき検挙により“おまえを見ているぞ”という圧力をかける。
 そのため検挙をしたところで裁判における法律ゲームにおいては確実な敗北を喫する。
 だが、その圧力は抑止力となる。容疑者は見えない視線に縛られ、自ら生み出した疑心暗鬼により行動を制限され、ボロを出す。
 詰めに追い込むための文字通りの最初の一噛み。その汚れ役がマックの仕事である。
「安心しな。今ロビンを追いかけているのは、ファーストバイトのさらに前段階の下準備ってやつだ。あんたの事件に噛みついて犯人に逃げられるような真似はしねぇさ」

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