小説

『マルドゥック・アヴェンジェンス』上田裕介
(inspired by 小説『マルドゥック・スクランブル』)

「違法な成分変更は違法薬物の認定なしでも十分に犯罪になりますからね。そもそも殺人課の貴方がなぜそんなことまで追いかける必要が?」
「まぁ、待ちな。話はこっから一気に面倒になるんだからよ」
 気乗りのしない表情でマックがその面倒事を話し出す。
「既に出回った薬を検挙するのは大して問題じゃない。ただ問題なのは今回出回ってるのが多幸剤の異母兄弟だってことだ。街の至る所に出回って金持ち達も愛用する多幸剤だ。まず製薬会社から公表のストップがかかった。おそらく大量の賄賂をくっつけてだろう。それで麻薬課連中には秘密裏に処分させるってことが決まった。おまえさんの言うとおり違法認定なしでも勝手な成分変更でなら取り締まりはできるからな」
 マックがキューブリックを指さす。
「ところが、だ。ここで厄介な問題が三つも発生した」
 ひとつ、と人差し指を立てる。
「まず、肝心要の製造工場が見つからなかった。消えた多幸剤の量からして個人で精製できる量じゃない。おそらくどこかの企業がらみで作られてるとみられている」
 ふたつ、と中指を立てる。
「次に消えた多幸剤の量に対して出回っていると思われる多不幸剤が圧倒的に少ない。いくら一部の流通とはいえだ」
 最後に、と薬指を立てる。
「服用方法ひとつでとんでもない効用を示すことがわかった。それも好奇心旺盛なジャンキーならまず間違いなく思いつく安直な方法でだ。わかるか?」
 首を振るキューブリック。
「残念なことに僕は多幸剤すら服用しないので」
「俺もだ。けど多不幸剤の存在を聞いたとき、確かに俺も考えたのさ。“多幸剤と多不幸剤を同時に服用したらどうなるんだ?”ってな。そして案の定、矛盾する効用の薬物を同時使用した馬鹿が続出した」
「結果は?」
「使用者曰く“効果が相殺して大して変化がなかった”そうだ」
「まぁ、そうなりますね」
「だが、試した奴の近くにいる奴はそうは思わなかったそうだ。なんでも“尋常じゃないくらいにお喋りになった”らしい。で、麻薬課が調べてみたところ、詳細が判明した。多幸剤と多不幸剤を同時に服用した場合、自白剤を飲んだ状態とほぼ同様の効果が現れることがわかった。それも服用者の自覚なしに、だ」
 要するにだ、とマックが結ぶ。

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