小説

『Ignite』木村浪漫
(inspired by小説『マルドゥック・ヴェロシティ』)

 言葉を問い直そうとした俺の顔をカメラで遮ると、セルゲイはフラッシュを焚いた。
 「あんたもあの事故に取り憑かれちまったって顔だ。だがな。誰も、今更真実なんて欲しがっちゃいないのさ」それだけを言いに来たんだ、と言いたげに肩を竦める。
 「俺はさ、ただ、あの地獄を蘇らせたいだけなんだよ」十年前と同じフレーズ。
 「おまえはあそこで、何を聞いた」
 「──まっくらな闇は冷たく広がって、心に灯った炎を消してしまう。そうしたら、私にできることはもういくつもない──驚いたな。幻聴かもしれないと思っていたんだが。私は多分、それがまだ許せないんだろうな」
 新しいフレーズ。ミラが俺の手を引いた。聞くべきことはもう聞いた、と言いたげに。

 
 セダンに乗り込む。車のオートナビゲーションを入れる。目的地を入力すれば、後は搭載された制御AIが安全運転かつ最速で車庫入れまで全自動でやってくれる。制御AI──十年前の事故車にはこいつが足りなかった。いちいち人間の脳波を拾ってコントロールしなければならなかった。高性能かつ軽量の人工知能など、夢のまた夢の話だった。
 事故の引き金──スクールバスの運転手の酩酊運転/市の定める連続運転可能時間を大幅に越えた労働時間/安いドラッグに手を伸ばす/コーヒーとクラックで目を醒ます──ふらついたまま対向車に激突/信号を完全に無視──更にパニックを引き起こしたドライバー達の思考をリモートコントロールシステムが勝手にフィードバック/初期プログラムに重大な欠陥──交差点を惨劇の渦に。
 この事故をきっかけにマルドゥク・シティの技術屋共が粉骨砕身──交通制御用人工知能の演算能力は百年引き上げられた。
 ──相棒からのコール/新たな発見。
 ──アーネスト・アラタ/ジェシカと寝たプログラマー/十年前の事故に関与/炎上するスクールバスでノートPCを打ち続けた少年/リモートコントロールの何重ものセキュリティを抜けてデバッグ・プログラムを打ち続けた/マスコミはこぞって“小さな英雄”と囃し立てた/当時のインタビュー/あの時、どこからともなく歌が響いてきたんです。暗闇に火を灯せ、暗闇に火を点けろって。心の底を振るわせるような、力強い歌が。だから僕は最後まで逃げることはできなかったんです/類稀なる演算能力──その後の検診で分裂症だと判明/三つの人格がそれぞれ独立して思考処理することが可能。

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