小説

『舌を切る』本間海鳴(『舌切り雀』)

私は、美玲のことを熱く語る怜央さんの横顔を見ながら、今すぐにでもキスをしてやりたいと思った。誰かが持っている物って、なんでこんなにも魅力的に見えるんだろう。その、美玲を褒めたその口を、私の口で塞いで、私のことしか話せないようにしてやりたい。
お邪魔しました、とちゃんと挨拶をして、私は店を出た。またおいで、と言う怜央さんの声は、妹を可愛がるお兄ちゃんのようだった。店を出てすぐ、美玲から【今どこにいんの? ケーキ買ったけど食う?】というLINEが来た。私は、【コンビニ来てる。飲み物買って帰るね】とだけ返事し、近くのディスカウントストアに飛び込んで、飲み物と、お菓子と、拡張ピアスとデンタルフロスを買った。

痛かった。何やってんだろう、と思った。
ケーキを食べて美玲が家に帰って行ったあと、私はすぐについていた舌ピを引っこ抜いて、拡張ピアスに変えた。舌に開いた穴はどんどん大きくなって、数週間後には左右の舌を繋ぐ肉は皮一枚ほどになった。穴にデンタルフロスを通して、私は、舌を切った。舌は左右に分かれた。ベッドの上で顔を体の中に押し込んで痛みに耐えた。ご飯がしばらく食べられなくて、二キロ痩せた。でも、体重なんか減れば減るほどいいと思った。

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