小説

『舌を切る』本間海鳴(『舌切り雀』)

「違う」と言った後、美玲はちょっと気まずそうに私を見た。別に気まずそうになんかしなくてもいいのに。私みたいなクソ女、自分の彼氏に会わせたくないのは当たり前だ。
「大丈夫、知り合いじゃないふりするから」
私はそう言って、美玲に手を振った。
「何それ、おもしろ」
と、男が言った。私はその言葉を背中に受けながら、隣の車両に移動した。隣の車両で居場所を見つけて、壁にもたれかかったとき、美玲からLINEが来た。
【ごめん】
続けて、
【あんたって気とか使えるんだね】
とも送られてきた。私は返事をせずに、スマホをポケットに入れた。
美玲は親友。私は美玲が好き。美玲は正直、最後の砦。
私の両手は、無意識のうちに、上下と左右の矢印が描かれた二つのボタンを探していた。
たとえ美玲が親友で、美玲のことが大好きでも、それとこれとは別。だって私はもう、彼に一目惚れしてしまったのだから。

持ち得る全てのSNSアカウントを使って、美玲の彼氏を特定した。
彼の名前は、進藤玲央。ディオニソスというバンドでは、『LEO』という名前を使ってギターを担当している。年齢は、私たちより八つ上の二十七歳。もちろん、彼女がいるということは隠して活動しているみたいだった。普段はどこで何をしているんだろうと思ったら、私の家の近くのバーで働いているらしい。
だから、会いに行った。
「あ、こないだの、知り合いじゃないふりした子じゃん」

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