小説

『燃えかす』太田早耶(『夏目漱石「夢十夜 第一夜」/花咲か爺さん』)

身体の芯まで冷え込むような夜だった。俺は布団を頭まで被り、骨壺を抱いて眠った。何も考えずに眠ってしまいたかったけれど、様々な記憶が頭を駆け巡っていた。脈絡のない鮮やかな映像が脳裏にちらついては、俺がそれを掴む前に消えていった。俺の手の中には何もなかった。何かを持っていたことなどない気がしたし、これから何かを得られるとも思えなかった。流れていく色彩の中で俺は骨壺を抱えた。固く冷たい手触りがあった。

目を覚ますと、東の空が白み始めていた。いつの間にか眠っていたようだった。外に出ると、地面にはうっすら雪が積もっていた。俺は白い地面を踏みしめながら庭の隅まで行き、わずかに葉が残る、寒々とした木の前に立った。雪が降り出した。抱えていた骨壺を開け、中に手を突っ込むと、灰がさらさらと指の間を通り抜けた。一握りの遺灰を掴み出し、そのまま振りかぶって、目の前の木に投げかけた。灰は手から離れた瞬間、降ってくる雪と混じり合って見えなくなった。俺はまた壺に手を入れて、灰を握りしめ、木の枝に向かって高く放った。骨壺が空になるまで同じことを繰り返し、灰を撒き続けた。骨はあらかた粉になっていたから、難しい作業ではなかった。塊があると、壺の中で握りつぶして細かくした。全部撒いてしまうと、俺は骨壺を地面に置いた。それから待った。木は遺灰を浴び、灰色がかって見える気がした。その上を音もなく雪が覆っていった。雪はしんしんと積もった。周囲は耳が痛くなるくらいに静かで、雪が全ての音を吸い込んでしまったようにも、雪の降る音が世界中の音をかき消してしまったようにも思えた。いつの間にか手足の感覚がなくなっているのに気付き、俺は指先に息を吹きかけた。吐いた息は白かった。姉さんは、極楽浄土とやらに行きたかっただろうか。自分のものではないような強張った手を見ながら、そんなことを考えた。極楽浄土になら、俺の欲しいものがあるのだろうか。でも願いをきいてやらなかった俺には、もう何もくれないかもしれないな。雪の欠片が顔に触れて溶け、頬を濡らした。

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