小説

『羨望の色素性母斑』岩花一丼(『こぶとりじいさん』)

 ある日、急に岡田が俺の元へやってきた。こいつが来るとさりげなくホクロを隠してしまう。
「お前も石島みたいに何か芸やれよ」
 素人が簡単に言いやがって。
「無理だよ。あいつみたいにはできない」
「大丈夫だって。鼻くそが話題になった時とかに自分から乗り込めよ。簡単じゃん。俺が盛り上げるからさ」
 当たり前のように鼻くそなんて言いやがって。
「んー……。考えてみるわ」
「絶対ウケるよ!頑張れよ」
 岡田はそそくさと去って行った。気に食わない奴だし、諸悪の根源であることは間違いないが、奴の言うことはもっともであり、俺も日々石島を見ては同じようなことを感じていた。
 認めたくはないが背中を押されたのは確かである。石島のように振る舞ってみようかと少しだけ思うと同時に、クラスでもてはやされる自分を想像していた。
 微かな希望を脳に植え付けられ、また、クラスの奴らが俺の自虐を期待しているのではないかと妄想するうちに、いつしかその機会を探るようになっていた。クラスを仕切る岡田の協力があるので上手く行く可能性は高い。石島と同じようになれるとは思わないが、彼の下位互換くらいには昇格できるだろう。
 折角の見せ場になるなら石島がいない時が良いと思った。その分、彼の役回りがこちらにも回ってきて、より美味しくなると踏んだからだ。

 ついに石島の欠席日が訪れた。この期を逃すまいと焦り過ぎてしまったのか、授業中に先生が放った「こんなものは目くそ鼻くそだな」との発言につい条件反射で反応してしまい、「先生、僕のこと呼びました?」と立ち上がってしまった。
 普段から極力見ようとしないクラスメイトの冷ややかな顔が、一斉にこちらを振り返る。背後からも耳が痒くなるような視線を感じる。教室が静寂に包まれ、校庭から俺の置かれた状況など全く意に介していない間抜けな笑い声が、聞こえてくる。先生は状況を飲み込めていないのか、目を丸くしている。

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