小説

『なのに、俺は』ウダ・タマキ(『幸福』)

 老婆が差し出した巾着袋はずしりと重かった。両手を添え丁重に受け取った巾着袋の底から、じわりと温もりが伝わるのを感じた。
「ん?」 
 蝶々結びを解き巾着の口を緩めると、中から芳醇な香りが漏れ出した。どこか懐かしく安心する香り。胃が低い音を立てて鳴いた。博人はひどく空腹なことに気が付いた。
「しっかり食べなきゃいけないよ。自分自身が満たされてないのに人様を幸せになんてできない。さぁ、ここ座って」
「おむすび……」
「あなた、お腹空いてるんでしょ」
 怪訝な顔していた老婆の目尻に深い皺が浮かび、マスクの上からでも笑顔が見て取れた。
「ヒロちゃん、しっかりね」
 それは、いつか耳にした博人を包み込む優しい声だった。
 ばあちゃん-
 博人は怯えていた理由をようやく知った。こんな自分を見て、祖母が悲しむのではないか、憐れむのではないかと怯えていたのだった。
 博人は崩れ落ちるように上り框に腰を下ろした。手にしたおむすびの米一粒一粒は真珠のように、添えられた沢庵は黄金色に輝いていた。
「美味しい」
 口の中に広がる温もりと、ほどよい塩味がひたすら優しかった。
 ばあちゃんの味だ。子どもの頃、ばあちゃんが作るおむすびが博人は大好きだった。いつも「しっかり食べなさいよ」と口酸っぱく言われ、高校を卒業して一人暮らしをはじめてからも電話の第一声は「しっかり食べてるかい?」だった。

 いい年して、泣いた。

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