小説

『蜘蛛の意図』結城熊雄(『蜘蛛の糸』)

「勝手なことをされては困るなあ」
 蜘蛛はびくりと体を震わせた。振り返るとお釈迦様が立っていた。
「もう一度地獄に糸を垂らせなどと命じた覚えはないが」
「お釈迦様のおっしゃっていた『蜘蛛の糸地獄』をやっているのです」
「息子を助けようとしているのだろう、神田妙子」
 妙子は黙り込む。どんな体にでもなれる極楽の地で妙子は蜘蛛の姿を選び、ずっと息子を救う機会を窺っていた。しかしお釈迦様にはすべてお見通しだったのだ。
「最初からわかっていておまえに糸を垂らすのを頼んだ。それでわざと目の前で糸を切ってやったんだから」
 お釈迦様に睨まれ、妙子はピクリとも動けない。
「そんなに息子に会いたいなら会わせてやろう。地獄から極楽には行けぬが、極楽から地獄には行ける」
 お釈迦様はニタリと笑った。妙子はさあっと血の気が引くのを感じた。目の前に大きな指が迫る。
「さようなら」
 妙子を弾き飛ばそうとするお釈迦様の指を、何者かが掴んだ。
「太一!」
「母ちゃん、久しぶり。その姿は初めましてだけど」

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