小説

『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))

 海の外で暮らせるという人間という生き物がいるという伝説は聞いた事があったけれど、それはそれはとても醜い容姿で、あまりにも残酷に伝えられていて、小さい頃から、その誰もはっきりと見た事がないという幻の生き物、人間が恐ろしかった。
 大潮の日は決して島を超えてはいけない。これは私達の世界での掟。大潮の前日は人魚達が魚を島の向こう側に追い込み、島の神様に送る習わしがあった。魚達は大半が帰ってこないが、神様が召し上がり、この海を守ってくれている。
 私はその日も、その儀式を楽しみにしていたが、大時化で儀式が取りやめになった。がっかりして、島の底に住む物知りな友人に会いにいくと、そこで亀が目が覚めるような事を言った。
「何、がっかりしなさんな。人間を見られる良い機会ではないか」
 私は成長して、人間伝説なんて子供達を早く家に帰し寝かせる為の作り話だと思っていた。
「見た事があるの?」
「今朝方は人間が海に呑まれてしまい、外が騒がしい」
「人間に会えるの?」
私は怖いもの見たさで尋ねると、亀は、自分で考えるように促しているようだ。
「掟や伝説はどういうところから、生まれるのか。なぜ大潮の時はこの先に行ってはいけないと言われているのか。考えてみたことはあるかね?」
私は島を越え、大潮になりつつある大時化の海から顔を出し、浜を見つめた。人間?あれが?荒れた沖を祈る様に、怨めしく睨む様に見つめる美しく、逞しく、哀しい人。伝えられてきた姿形と印象が違っている。何度もこの浜には来た事があるというのに、なぜ今まで見えなかったのだろう。亀は「大潮がいつ、なぜ起きるかを考えなさい」と言った。何かを探しているのだろうか?呑み込まれた人の息子だと気がついた。親を失くすのは哀しいのかしら?元々無かったものを失いようがないけど、あったものを失くすのは、きっと哀しい。私はすぐに抱きしめに行きたくなった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10