小説

『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))

 女は聞いた事のない言葉を放ったが、なぜか私にはその女の言いたい事が心に直接響いてくるように理解ができた。
 私は女の冷たい身体を強く抱きしめた。ずっと探していた。どこかにいると、いつか会えると、この瞬間を待っていた。離したくない、離れない。濡れた着物を脱ぎ捨て、いつか南の方からの土産だと見せてもらった赤珊瑚のような色をした唇に力強く唇を重ねた。寄せる波と戻る波が引き合う丁度狭間のように、同じ刻でも日常では見えない、聞こえない、感じない世界が、重なり合う瞬間があるのだろうか。私が今いる場所は、この世か、あの世か、その間か。
 私は唇を蝋のように白い肌に滑らせ、張り付く艶やかな髪を開いて現れた、たわわな胸にくちづけた。
「ああ…」
 と、その美しい女が声を上げ、私達は砂浜に倒れ込んだ。「待っていたのよ。ずっと、待っていたの」
 女は激しく私に絡みつき、どこまでも私を受け入れた。底がないような、海が広がっているようだ。頬に、耳に、くちづける。砂を噛む。歌うような女の喘ぎ声が波音と相まり、私はそれこそ我を失う気持ちで夢中になって女を抱いた。

 

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