小説

『犬の兵隊さん』平井鮎香(『桃太郎』)

「お願いですから戻ってください。出兵を明日に控えているというのに、訓練に出ないなどあり得ません。叱られるのは私なのです。」
部下は、めんどくさそうな上官の様子をさらにめんどくさそうに見つめて言った。
さらにさらにめんどくさそうな様子で上官が顔を上げると、目に飛び込んできたものがあった。
「おい、それはなんだ」
上官の声色が突然変わり、若い兵隊が慌てて背筋を伸ばす。
「はっ、これは、今朝方、町民たちより徴収した米であります!」
自分の後ろに置いていた大きな布袋を、成果を自慢するかのように、上官の前にグイと差し出す。
「そのでかい袋のことではない。そっちの小さい方だ」
自慢げな顔をした若い兵隊の腰には、小さな巾着袋のようなものがついていた。
「こ、これは…これは今朝方、とある家から徴収した団子であります。あの家にはもう食料がこれしか残っておらず…米ではなく申し訳ございません!」
自慢げだった表情は一瞬にして曇り、若い兵隊はものすごい勢いで頭を下げた。

***

 俺はこの戦争が、何故始まったのかを知らない。
何十年も昔、俺の生まれる前の、えらいえらい大人たちが「なんとなく」始めたものらしい。
なんとなくをきっかけに食料を奪い、人を奪い、飯がくいたければお国のために戦えと言った。

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