小説

『オシラサマ異聞』川音夜さり(『オシラサマの伝承』(東北地方))

 奉公人は杯を弥次郎に渡し、酒を注いでくれた。弥次郎は謝意を述べつつ、一気に仰いだ。水で薄めていない酒が臓腑に沁みた。雨で凍えた体が生き返る心地だった。奉公人は再び台所に取って返すと、今度は湯気の立った鍋を持ってきて、囲炉裏の鉤に吊るした。野菜と米を混ぜた雑炊のようで、味噌の香りが漂った。
「私が運ぶと言いましたのに」
 御内儀が苦笑しながら後に続いて、台所側の嬶座に腰かけた。
「手前の役目ですから」
 奉公人は応じつつ、せっせと雑炊を椀によそって若者に渡した。弥次郎はありがたく押し頂き、半ば掻っ込むように頬張った。品がないと思いつつ、自分が空腹であったことに今更ながら気づいたのだった。
「随分と先を急いでいらしたご様子ですが、何か火急の用事だったのですか?」
 夕餉を終えた弥次郎が人心地ついた頃、御内儀が興味深そうに訊ねた。
「生家が横田にあるのですが、父が倒れたとの知らせがありまして」
「まあ」
「何年か前にも中風をやっているものですから、すわ中り返しかと。わずかでも先を急ごうとしたらこの体たらくで」
 弥次郎は居住まいを正して頭を下げた。
「本当にかたじけなく存じます」
「いいのですよ。袖振り合うもなんとやら、と申します」
 御内儀は笑って応じた。
「吉里浜からは山道を歩き続けて疲れておいででしょう。お座敷に寝床の支度をさせますので、そちらでお休みになってください」
「では、手前は夜着のご用意をして参ります」
 奉公人はすっくと立ちあがると縁側の方へ出て行った。弥次郎が御内儀と他愛もない話に興じているわずかな間に奉公人は戻ってきて、弥次郎を座敷へと案内した。尾白様たち三人が一切の飲食をしなかったことに弥次郎が気づいたのは、酔いと眠気が醒めた夜半のことだった。

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