小説

『飴買い』秋野蓮(『産女の幽霊』(長崎県長崎市))

 仕事の忙しさを言い訳にして、その次は「コロナが流行っているから」を言い訳にしてずいぶんと帰省していなかったが、訳あって8年ぶりに長崎の実家に戻った。
 私に親はいない。
 祖父母が親代わりだった。
 母は若くして道ならぬ恋に情熱を注ぎ、私を妊娠。私を生んで程なく姿を消してしまったそうだ。なんとも自由奔放な母である。手紙や電話も何の連絡も寄こさず、未だに生きているのかさえ分からない。
 もっとも私がその事実を知ったのは高校生になってからで、それまでは「未婚の母は病死したのだ」と聞かされていた。
 だから学校で授業参観の時などは、天国の母に「見ていてね」と話しかけていたものだ。
 だから私は長崎の祖父母に育てられた。
 数年前に亡くなった祖父は、小さな建設会社をやっていて、地元の小学校なんかのメンテナンスを請け負いながら家を支えてくれた。無口な職人気質の人だった。祖母はめったに怒らない人で、私のわがままをいなしながら、「しいちゃんはいい子やねえ」が口癖だった。
 祖父母には感謝している。とても可愛がってくれたし、愛情を注いてもらったと思っている。しかし出生の事実を知ってからというもの、「私は生まれてきてよかったのだろうか」そんな思いがいつも心にあった。

「しばらく長崎に帰ろうと思う。コロナで仕事クビになったから」
 祖母はそんな私の電話に驚きながらも「帰っておいで。嬉しかね」を繰り返した。

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