小説

『とある夫婦とブランコ』真銅ひろし(『夢を買う』(新潟県))

 妻はそれ以上聞いてくる様子もなく、前を向いて歩く。やはり気にはなっているのだろうか。
「やった方がいいかな。」
「あなたはどうなの?」
「・・・もうお笑いは無理なのかなって思ってはいる。」
「ちょっと遅くない?」
「そうだよね、ごめん。」
 二人でフフフと笑う。そしてまた会話なくとつとつと歩く。
近所の小さな公園に通り過ぎようとした時、妻が立ち止まる。
「ねえ、ちょっと話さない。」
 公園を指さし、微笑む。
「暗いし寒いから早く帰ろうよ。」
「ダメ。ブランコに乗ろう。」
 そう言って妻はブランコの所に行ってしまった。寒い以外は特に反対する事はなかったので、言われた通りブランコに腰かけ、小さく漕いだ。
小さな街灯に照らされてブランコに乗る夫婦は少しおかしく感じた。
 妻が聞いてくる。
「ねえ、『夢を買う』っていう昔話知ってる?」
「・・・知らない。」
「あのね、お人好しの商人が、とある絵描きの見た夢を買うのよ。その夢は『長者の家に咲いている白い椿の木の根を掘り起こすと大金が出て来た。そしてそのそばには小さなアブが飛んでいた。』っていう夢なの。」
「それで?」
「だけど長者の家に白い椿は咲いてなかったのよ。でもお人好しの商人はその夢を信じて長者の家に二年間もじっと勤めたの。そしてとうとう白い椿が咲いているのを見つけた。そして大金を掘り起こす事が出来たの。」
「・・・。」

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