小説

『大晦日の夜』太田純平(『藪入り(落語)』)

「じゃあ明日6時に起きるか。それで散歩がてらお参りに行って、朝メシ食って、あっ、朝はお雑煮ね。お餅は2個。それで街に出て、映画でも観て、昼食って、土産物屋かなんか見て――」
「そんなガッチリ計画立てなくても。あの子に聞いてからで――」
 郁子の窘めを聞いているんだかいないんだか、健作は急に活き活きすると、肩のストレッチをしながら和室に漂った。
「なんだアイツ、ずいぶんボロっちいジャケットを着ているなぁ」
「え?」
「母さん見て。アイツのジャケット」
 小鉢を並べるのを邪魔された郁子が迷惑そうに和室へ来る。
「ほら見て母さん」
「まぁあの子、別にファッションにはこだわり無いみたいだから」
「にしてもさ、久しぶりに両親に顔見せんだから、もうちょっと何かなかったかね」
「貧乏なんでしょ」
 鋭く言って郁子は食卓に戻った。今の一言が突き刺さった健作を残して。大輝は大学を卒業した後、そのまま都会で一人暮らしを始めた。ろくに就職もせずプラプラしていたのだが、三十歳を手前にして、ようやく中小企業の正社員になった。その報告もあって、今回ようやく、故郷に錦を飾りに来たというわけなのだが――。
「でもアイツ、ようやく正社員になったんだろ?」
「まだ日が浅いから。安月給なんでしょ」
「なんだアイツ、金に困ってんのか……」
 健作は大輝のダウンジャケットに目を落とした。フードの裏側が日焼けしていてみっともない。ジッパーはどれも錆びている。脇のところなんかほつれていて、ちょっと引っ張ったらビリッと破れてしまいそうだ。手荷物の鞄も年季が入っている。紺色のボストンバッグで、洒落っ気として茶色の線が縦に二本入っているのだが、もはやそれが剥がれていて、ほとんど全体が紺色だ。

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