小説

『ヨコシマ太郎』木暮耕太郎(『浦島太郎』)

窓の外、ひぐらしが盛大に鳴いている。西日が差し込む部屋でTシャツを脱いで甚平に着替えた。スマホの画面にLINEのポップが上がる。「6じごろ、橋のとこ集合で。水野も行くって。」石田からのメッセージを横目に見ながら1階へ降り、冷蔵庫からアイスをとりだし、かじった。TVをつける、天気は大丈夫そう。今日は地元のお祭り、花火大会だ。

「行ってくるわ。」リビングのソファでTVを見ている母親の背中に声をかけ、僕はビーサンを履いて表にでた。ひぐらしのボリュームがぶわっと大きくなる。昼間の暑さは心地よい涼しさに変わっている。待ち合わせ場所の西大橋に向かう、うちから徒歩で15分くらいだ。花火の試し打ちが聴こえる。

「お、玲二ぃ、甚平とかマジじゃん」合流早々、石田に冷やかされた。二人ともTシャツにショートパンツだ。「うっせ、着る機会たまにしかねーから」「ま、いいじゃん。男アゲてさっさと彼女つくろーぜ」「水野はまず肉おとせよ」そんなことをだべりながら橋を渡り終えると出店が見えてきた。この川沿いの道をしばらく行くと神社がある。神社の高台が花火のベストスポットだ。橋のあたりは地元民以外の人たちで埋め尽くされるが、神社は地元の人しか来ない。

陽も落ちて空は白い絵の具に群青を混ぜたような薄暗さになった。神社の階段に差し掛かったところで、出店の先の方から喧嘩の声が聞こえた。
「あれ、神崎の弟じゃね?」
神崎ももり。高校の同じクラスの女子で、地元で知らないやつはいないんじゃないかと思うほどの美女だ。中学から一緒で、2つ下には弟の良平がいて、陸上部の後輩だった。
「ん、あぁ。たしかに。」
良平は二人に詰められていた。他校の中学のやつらだろうか、ガラは悪い。年下相手でも喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。
「行こうぜ。」
一瞬、良平と目が合い、視線で助けを求められたが僕はすぐに目線を反らした。
長い階段を登るとちょうど一つ目の花火が上がった。ドーーーん、パラパラパラ・・・光と音が交互に神社を照らす。
「玲二、もっと奥いこうぜ!」石田に言われるがままに奥に移動した。花火はきれいだったが正直心ここにあらずだった。
・・・
祭りが終わり、石田たちと別れ、家に帰った。時間はただただ過ぎて、寝支度をして床についた。祭りのことを思い出していた。僕は見てしまったのだ、花火に照らされた神崎ももりを。不安そうにしていた。多分弟と合流できなくて困っていたのだ。バツの悪い気持ちに苛まれたまま、いつの間にか眠りに落ちた。
・・・

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