小説

『ももも』柿沼雅美(『桃太郎』)

「もも。ももってば!」
講義後、カーテンの内側で窓の手すりにひじをついて外を見ていると雉岡美和が入ってきた。
「んー?」
冷たい風が吹いて痒く感じた鼻先を掻く。
「んーって、どうしたの最近ぼんやりしすぎじゃない?ってか腕に傷あるじゃんどしたの?」
「あー、これ?野良猫にかなぐられた」
鉛筆で描いたような、かさぶたの直線が右手の甲に伸びる。
「え?かなぐ?」
「え?」
「ん?」
「ん?」
「は?」
「は?」
「いやいや、ユーチューブのコントじゃないんだから!かなぐって?」
「あ、ひっかかれてってこと。野良猫にひっかかれてってこと」
「へぇ。ももってたまに知らない言い方するよね」
「そう?ごめーん」
「全然。おもしろくていい。ももって地方だっけ?上京組じゃないよね?なんで方言?」
美和に言われて記憶を遡ってみてもいつからこうだったのか分からない。
「分からないんだけど、あれかな、岡山の血が入ってるっぽいんだよね」
「岡山!へぇー、親が岡山にいたとか?」
「うん。ん?うん。ん?うん…」
「なんでそこ疑問形」
んー、と黙ってしまう。ここ数日考えていることを話したら美和は分かってくれるだろうか。
「ちょっと話長くなるんだけどいい?っていうか明日から冬休みだけど大丈夫?」
「大丈夫。なんなら冬休み中も予定無いよ。サークルの忘年会とかもないし。」
「あー、それなー。コロナ前とかは駅前の居酒屋貸し切ってたらしいねサークルで」
カーテンをめくって出て、自分の席に座ると美和が隣の席に座ってくれた。
「で、悩み就活とか?彼氏のこと?」
ハタチだとだいたいは彼氏か進路の悩みっていうのが私たちらしい。
「あ、彼氏はいつも通り」
「よかったーバレて別れるとかだったらどうしようかと思った」
ちょっとだけキョロキョロとすると、廊下に隣のクラスの子が数人いるくらいで、教室には誰もいない。

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