小説

『穂に出いで』斉藤高谷(『狐女房』(石川県))

 母の涙に混乱したのか、僕の隣では弟も泣き出した。部屋に駆け込み、母の胸に飛び込んだ。抱き合って泣く二人を見ながら、僕だけが、涙も流さずに立ち尽くしていた。雨が窓を叩く音がやけに大きかった。
 その晩、母は僕たちの前から姿を消した。

 父の元には母からの置き手紙が残されていたそうだ。そこには、自分が狐であること、正体を知られたからにはもう一緒にいられないこと、父を心の底から愛していたこと、それから、〈選択〉を迫ったことに対する謝罪が書かれていたという。
 僕と弟への手紙もあった。内容は大体一緒で、身体に気をつけ、勉強に励んでほしい。何より、人に優しくあってほしいというようなことが書かれていた。それから父への手紙と同じように謝罪の弁。けれどその謝罪の意味は、父に対するそれとは違っていた。
 それは、僕らを生んだことに対する謝罪だった。僕らは結局のところ、人間と狐の間に生まれた子――純粋な人間ではないのだ。それまでは全く気付きもしなかったけれど、どこでどういう不都合が起こるかわからない。そうした不安を常に抱えて生きていかなければならない人生を与えてしまったことに対する謝罪だった。今のところ、それらは杞憂のままだけど。
 手紙の最後は、妙な言葉で締められていた。
「穂に出いでつつぱらめ」
 何度読んでも、声に出しても、その言葉の意味だけはわからなかった。

 母がいなくなってからというもの、父は目に見えて身を持ち崩していった。いきなり妻に出て行かれたこと、二人の子供の面倒を一人で見なくてはいけなくなったこと、自分が選択を誤った事実が一挙に押し寄せ、父の心を押し流してしまったようだった。
 まず、酒の量が増えた。仕事も頻繁に休むようになった。溜まった鬱憤が、僕たちに向けて吐き出されなかったのが唯一の救いだったけど、それは父の理性が働いていたというよりは、僕たちを見ると母のことを思い出すので避けているだけみたいだった。母がいた時には光が射していた家の中は、暗く荒れていった。
 ついに父は全く外へ出なくなった。マンションのローンが残っていたはずだけど、会社を辞めてしまった。しばらくは貯金を切り崩してどうにかなったものの、それもそう長く続かないことは子供ながらにもわかった。その時僕はまだ小学生で、アルバイトに出られる歳でもない。父の両親、つまり僕らにとっての祖父母もその時には既に両方とも他界していて、他に頼れる親戚もいなかった。〈八方塞がり〉という言葉は知らなかったけど、まさにそういう状況だった。
 けれど、父がどれだけ家に引きこもって仕事をしなくても、僕らがマンションを追い出されるような事態にはならなかった。住む家ばかりか日々の生活さえ、一定の水準が維持され続けた。
 父に蓄えがあったにしては、その額があまりに多すぎる。妙に思った僕は父に訊ねた。父は、毎月金が振り込まれてくるのだと答えた。
 誰からかと問うと、父はわからないと首を振った。そんなお金を平気で使っていたの、という僕の言葉に、父は虚ろな眼でぼんやり宙を眺めてから、初めて事の奇妙さに気づいたようだった。
 或いは、金の送り主に思い至ったのかもしれない。少なくとも僕の方はそこで気が付いた。そんな風に、僕らの生活を支えようとしてくれる人は、一人しか思い浮かばなかった――彼女は、人ではないけれど。

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