小説

『腫瘤』加持稜誠(『こぶとりじいさん』(岩手県))

 一哉は菅生の家に圧し入ると、廊下の血の滴りに気づいた。
 「加奈子!」
 ゴミだらけの廊下を押し進み、いざリビングへと入る。そして……

 そこには椅子に縛り付けられ、半裸にされた加奈子がぐったりとうなだれていた。
 「加奈子!」
 急いで加奈子の下に駆け付け、安否を確認する。
 その肌は冷え切っており、生気を失っていた。うなだれた頭を起こそうと、後頭部に手を伸ばすと、半渇きの血の塊が纏わりついた。
 「加奈子……」
 呆然とする一哉。目の前の光景を受け入れられずに、後ずさる……

 「!」
 と、失意も束の間、鋭い痛みが彼の右肩を襲った。激痛の中振り返ると、包丁を振りかざす菅生が居た。
 「お前! 加奈子に何をした!」
 押し寄せる怒りに痛みも忘れ、一哉は菅生に飛びかかった。その拍子に菅生の手から包丁が弾け飛び、二人は部屋中のゴミと家具とをない交ぜにしながら、もつれあった。
 「妻は渡さん!」
 「何が妻だ!」
 菅生に馬乗りになった一哉は、何度も拳を菅生の顔に叩き込んだ。しかし菅生も、先程斬り付けた一哉の肩に指を食い込ませる。
 「ぐわあ!」
 痛みにのけ反る一哉。すかさず包丁に向かう菅生。
 「妻は永遠に私のものだ!」
 菅生は半狂乱で包丁を振り回しながら、一哉に突進する。その切っ先を寸でかわし、一哉は菅生の手首を掴み、その矛先を彼に向け、押し付ける。
 「妻は私の物だ!」
 菅生はそう呟くと、笑みを浮かべ、抗う力を緩めた。途端、切っ先は菅生を貫いた。そして菅生はなだれ込むように加奈子の元へ駆け寄り、朽ち果てた。

 一哉はせせら笑い、その場に座りこむ。
 目の前には抱き合うように重なり合った、菅生と加奈子の死体。まるで二人で旅立ったかのように、一哉に見せつけているようだった。

 
 そして菅生は死してなお、妻の亡骸を抱きしめる力を緩めようとはしなかった……

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