小説

『腫瘤』加持稜誠(『こぶとりじいさん』(岩手県))

 その日は緊急会議が入り、一哉たちは朝から慌ただしく動き回っていた。
 いざ、会議に入ろうとした矢先、胸元の携帯が鳴動した。一哉はそっと着信相手を確認したが、見た事のない番号だったので、そのままスルーした。

 白熱する会議に比例して、鳴動し続ける携帯。致し方なく、休憩時間に再度確認すると、おびただしい着信と、留守録が表示されていた。その留守録を再生する。
 「なんで! なんで電話に出ないんですか? 私たちは常に……」
 電話の声は菅生だった。もはや怒りと哀しみがない交ぜになっており、何を言っているのかさっぱり分からなかった。しかし……
 「私ね、結婚もしたかったんですよ! そういえば加奈子さん? 綺麗ですね……私の初恋の……」
 「おい! 行くぞ!」
 上司の声で菅生の声は遮られ、断腸の思いで一哉は会議室に飛び込んだ。

 
 会議が終わると一哉は、すぐさま加奈子の番号をタップする。
 『出ろ! 出ろ!』
 思いも虚しく、留守電サービスに繋がる。不安が頂点に達し、一哉は職場を飛び出した……

 

 
 菅生信夫。
 彼は憂ていた。世の無慈悲な理に。
 齢60を前にして人生を振り返る。
 その大半は羨望と我慢の連続だった。彼が『欲しい』ものは常に誰かが占有している。一度たりとて願ったものを手にする事は出来なった。常に誰かに横取りされ、彼が手を伸ばした時点で、もう、それはそこにはない。彼の人生を彩る筈のあらゆるものが、常に誰かに搾取されている。そんな人生はもうまっぴらだ。そして、搾取していった者達が平然と幸せに暮らしている現実が、心底許せなかった。
 そんな理不尽な世の中に、彼は反旗を翻す。
 欲しいものを欲しいと願って何が悪い?
 欲しいものを手に入れる為の努力をして何が悪い?
 そして思い知らせてやる。心の底から願い求めたものが、他の誰かに搾取される悔しさと、その屈辱を……

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