小説

『水仙』風乃絹(『松山鏡伝説』(新潟県))

 「あっ」
 京子は短く叫び、その紙を見つめた。そこには墨で二本の水仙が描かれていた。
 「これ、おっかさんが描いたのか?」
 勢いよく顔を上げると、おっかさんは小さく頷いた。京子は絵を見ながらすごいすごい、まるで本物だと興奮して褒めちぎった。おっかさんはそんな京子をしばらく見ていたが、やがてゆっくりと話し始めた。
 「今まで、あなたにつらく当たってしまって本当に申し訳なく思っています。こんなことを子供のあなたに話すのは迷ったけれど、話したいから、話します」
 京子は目を見開いた。おっかさんはまるで京子が大人であるかのように丁寧だった。京子は背筋をそっと伸ばした。
 「私はあなたを産んだお母さんが亡くなって、この家に来ましたね。あなたのお父さんは私を見たとき、亡くなった奥さんにそっくりだと思ったそうです。近所の人もみんなそう言った。私はそれがつらかった。私は私でなくて、亡くなった人の代わりなのかと。あなたに会えるのを楽しみにしていましたが、一目みたときあまりに私に似ているので正直嫌になってしまいました。あなたの顔を見ると、自分はただの代わりの者だと、そう思い知らされているようだと思ってしまった」
 おっかさんの声がだんだん震えてきた。
 「つらくて毎晩泣いていました。あなたは見ていたのね。あなたが池に落ちかけた日、鏡のことも聞きました。自分でも驚いたのは、その鏡の話にあなたと前のお母さんの絆を感じて傷つく気持ちより、あなたに何もなくてよかったという安心のほうが大きかったことでした。あなたはつらいのに、冷たいおかあさんおかあさんとたくさん話しかけてくれましたね。すでに私の大事な娘になっていたのに、意固地になってあなたに優しくできなかった。私のほうが子供でした」
 おっかさんは水仙の絵を指して続けた。
 「そしてあなたは、とてもきれいな水仙をとってきてくれた。鏡の裏の水仙ですね。私は本当にうれしかった。そして今までのことをあなたに謝って、ちゃんとした母娘になりたいと心から思ったのです。本当に、冷たくしてしまいごめんなさい。いま、水仙は家の裏に生けてありますが、いつかは枯れてしまうでしょう。だから絵を描きました。私は絵が得意なのです。実家から絵の道具も少しだけ持ってきたけれど、あなたのお父さんに遊んでいると思われたくなくてずっとしまっていたの。それを取り出してきて描きました。枯れないように。鏡がなくても、あなたがいつでもお母さんのことを思い出せるように」
 おっかさんはそう言って下を向いた。涙がこらえられなくなったのだ。京子は立ち上がっておっかさんの元に行き、震えるおっかさんの体をきつく抱きしめた。
 「おっかさん、ごめんなさい。京子も、初めて会ったとき前のおっかさんに似ていると思ってしまった。でも、おっかさんはおっかさんの代わりじゃない。おっかさんはおっかさんしかいない。いま、京子とおっかさんはちゃんと親と子になったんだ。おっとさんも、ちゃんとおっかさんのことを見てる。だから泣かないで。おっかさんが泣くと京子も泣いてしまうから」
 おっかさんは指で涙を拭きながら京子を見つめた。そして、きょうこ、と小さく呼んだ。京子も目に涙をいっぱいためて、おっかさん、と返した。
 「水仙描いてくれてありがとう。ずっと大切にするからな」

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