小説

『こころむすび』ヤマベヒロミ(『おむすびころりん』)

「兄さん?聡志だけんど…。あれから、ちゃぁんと食べてるが?」
 電話は、実家の弟からだった。皆、私がちゃんと食べているか、心配してくれる。よほど、見るからに身も心もやつれて映っているのだろう。
「あぁ、何とか食べてるよ。こないだは、いろいろ送ってくれてありがとう。母ちゃんのたくわん、久々に食べたよ」
「そっちにも売ってるだろうけんど、母ちゃんが心配していろいろ詰めだもんで」
「そぉかぁ。ありがどなぁ」
 弟と話すとつい、つられてなまりが出てしまう。
「ところで、そろそろ稲刈りの時期なんだけんど…。良かったら兄さん、手伝いに来てくんねぇが?父ちゃんも腰痛めてて、無理がきかんのよ」
「んだな、そろそろ稲刈りの時期がぁ。いっちゃ、手伝いにいぐべ」
「そっがぁ、ありがどなぁ。父ちゃんも母ちゃんも喜ぶっちゃ」
 弟は、塞ぎ込んでいる私を気遣って誘ってくれているのだろう。この先、特に予定もない。今は、素直に周囲の気遣いに甘えるとしよう。

「電話、宮城のおじさんから?父さん、稲刈りの手伝いに行くの?懐かしいなぁ。私も小さい頃、よく稲刈りの時期に行かせてもらったよね」
「由美は、従姉妹たちと田んぼの周りを走り回っていただけだけどな」
 従姉妹たちと一緒に、はしゃぎまわる由美の姿を思い出し、ふっと笑みがこぼれた。
「そうだね、今思うとあんな自然の中でたくさん駆けまわったのは、いい経験だったなぁ。 ねぇ、父さん。私たちも、稲刈り一緒に手伝いに行ってもいい?ほら、裕二さんも力仕事なら役に立てるだろうし!私も、稲刈りしてみたいな。それに…悠太にも見せてあげたいな、あの風 景」
「あぁ、話しておくよ。きっと、向こうのみんなも喜ぶよ」

 その日は、秋晴れだった。
「ほら、悠太!見てみて、田んぼがいっぱい見えてきたね。もうすぐ着くよ」由美は、後部座席の窓を開け、目の前に広がる黄金色の景色を指さした。

「よう来だねぇ!」
畦道を抜け実家に着くと、母が家の前で迎えてくれた。2年前に会った時より、さらに腰が曲がり、ぐんと小さくなった様に感じる。由美は、東京土産を母に手渡した後、懐かしそうに庭を見渡している。都会育ちの悠太は、早速見つけた大きな蜻蛉に夢中だ。

「さぁさ、入っで、入っでぇ!まずは腹ごしらえ!」
 母が運んできた盆の上には、大きなおむすびがぎっしりと盛られていた。

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