小説

『当たりの箱はどの箱か』五条紀夫(『舌切り雀』)

 閉ざされた部屋の中、目の前には二つの箱が置かれている。
 一方には現金が、一方には毒が、入っている。




「馬場君、仕事を引き受けてくれるね?」
「あなたが嘘をついていないのなら、やらせて貰いますよ」
 始まりはそんなやり取りだった。契約と呼ぶには心許ない、単なる口先だけの約束だ。だが、馬場和也は、結果的に仕事をせざるを得ない状況に追い込まれることとなった。
 鍵師を生業とする馬場のもとに、その老齢の紳士がやって来たのは今朝のことだった。鍵の掛かった箱を開けてくれ、という依頼を持ち込まれたのだ。詳細を聞けば、ある酔狂な資産家が財産の一部を箱に隠したので、それを取り出して欲しい、とのことだった。奇妙に思ったものの、取り出した財産の大半を報酬として与えてくれるとのことだったので、馬場は引き受けることにした。
 さっそく箱が保管されているという倉庫を訪ねたところ、そこにはコンテナルームが設置されていた。くだんの箱はその室内にあるという。部屋の四方を囲う壁のうち一つはガラス張りになっており、内部を見ることができた。確かに、箱が置かれている。ただしそれは二つあった。
「どっちの箱を開けて欲しいんですか?」
「まずは箱の状態を確認してくれ。荷物は私が預かろう」
 指示に従い、ガラスの壁の端にある鉄扉をくぐってコンテナルームに入る。
 直後、外から施錠されてしまった。
「どういうつもりですか?」
「確実に仕事をして欲しいだけだ」
「じゃあ、道具を返してくださいよ。手ぶらじゃ解錠は無理です」
「安心したまえ。鍵ならある」
 老紳士は分厚いガラス越しに鍵束を見せつけてきた。
「騙したんですね? それなら約束は不履行だ。ここから出してください」
「いいや、私は箱を開けて欲しいと依頼しただけだ。嘘はついていない」

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