小説

『秋の恩返し』川瀬えいみ(『信太狐(大阪府)』)

 山田太郎がジョン・スミスに初めて直接会ったのは、テレビやネットの日々のニュースで紅葉前線の南下報告がされていた頃。東京の銀杏並木はすべて黄色。その黄色が陽光を受けて金色に輝いて見える、晴れた日の午後だった。
 ジョンは、日本文化に深い関心を抱いていて、フィールドワークのために来日。
 彼の研究対象は、日本のアニメやゲームにおいて忍者やサムライより強キャラとして登場することの多い陰陽師、安倍晴明。
 つまり、ジョン・スミスは、俗に言う聖地巡礼のために来日した陰陽師オタクだった。
 京都大阪の清明ゆかりの神社等を巡り、そのまま帰国してもよかったのだが、ネット上でしかやりとりしたことのない日本の友人とぜひ直接会ってオタク談義をしたいと言って、わざわざ東京に寄り道してくれたのだ。
 新幹線が到着する東京駅のホームまで太郎が迎えに行くと、ジョンはなんと女性と一緒だった。
 二十代前半の日本人。第一印象は、あでやかで蠱惑的な美女。それでいて、大きな瞳が無垢な少女のように澄んで輝いている。どこかアンバランスだが、だからこそ印象的な女性。
 同じオタクなのに、髪と瞳が栗色になり、背が高くなった途端、こんな美女とお近づきになれるのかと、太郎は少しいじけてしまったのである。

 ジョン・スミスと山田太郎。英語圏と日本とで、それぞれ平凡を極めた名前である。
 誰もが偽名と思うだろうから、あえて本名をハンドルネームにしていた二人は、互いの中に同じセンスがあることを感じ取り、親近感を抱いて、個人的にやりとりをするようになったのだった。
 太郎は、ジョンの友人の日本人女性に、当然、『山田花子』という名を期待したのだが、彼女は『秋山茜』と名乗った。
 ネット上では英語でやりとりしていたのだが、ジョンは太郎に日本語での会話を求めてきた。
 日本文化をより深く正確に理解するために学んだ日本語を日本で使わなかったら、懸命に覚えた『てにをは』が無駄に なると、ジョンは日本語で太郎に訴えてきた。その情熱に、太郎は感じ入ってしまったのである。
 ジョンは今夜、羽田発のロサンゼルス行きで帰国予定。
 太郎は、それまでの時間、東京の安倍晴明ゆかりの神社に彼を案内することにした。
 当初の予定では、自宅に招いて自慢のコレクションを披露するつもりでいたのだが、女性が一緒では、そうもいかない。太郎は、『時間が許す限り、太郎宅のコレクションルームでDVD鑑賞』の予定だったジョンの聖地巡礼コースを『清 明神社から空港内のカフェかレストラン』に変更したのだ。

 神社の境内では、赤トンボが飛んでいた。尻尾の真っ赤なアキアカネではなく、ほんのりと朱の色を帯びているウスバキトンボである。
「大阪でも、同じトンボを見たよ」
 せっかく清明ゆかりの神社に来ているというのに、五芒星グッズではなくトンボに興味を示すとは。
 太郎は、ジョンの関心の方向性に親近感を抱いた。

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