小説

『蘇る昔話の神』霧水三幸(『長者ヶ森(山口県)』)

 ――八月の暑い日、私は彼の運転する車の助手席から無数に並ぶ石灰岩の柱を眺めていた。

 彼の運転中にスマートフォンを見ると機嫌を損ねるため確認が叶わないのだけれど、確か現在地の住所は山口県美祢市美東町秋吉台だったはずだ。
 現在走行中の長く曲がりくねった道路。
 秋吉台カルストロードと呼ばれるこの道は、道路の周りがひたすら石灰岩――以外にもあるらしいが、大体似たような溶けやすい岩石ばかり――で構成されている。
 雨水による侵食で生まれた巨大な凹凸や、先程から数を増したように思える数々の石柱。
 自然の力で生み出されたそれらは、見る人が見れば並々ならぬ感動を覚える光景なのだろうと思う。語彙力豊かな人なら、その内心を巧みに口にして見せたりもするだろうか。
「何か喋んないとつまんねーんだけど」
 けれど私は、彼に思わずこう言わせてしまう口下手かつつまらない人種だ。
 この景色に対して何もコメントがない訳ではない。けれどあの無数の石柱を『墓石に似ている』だとか思っていたり、随所に見える窪地に対し『転落したらどうなるか』と考えてしまう事を率直に言った場合、根暗だという評価をされて終わりになるのは目に見えている。
 気まずい空気を作るくらいなら、退屈の方が遥かにマシだった。
「あ……うん。石が多いね」
 だから私は誰が見てもわかる当たり前を口に出す事しかできない。予想通り彼にはつまらなそうな顔をされたが、話下手な私にはこれ以上どうする事もできなかった。
 逃げ場のない視線を、窓の外に逃がす。どうやら石柱すら数を減らしてきて、今はそれより草原の方が面積を多く専有していたようだ。その変化に気付けないほど、意識が逸れていたのだろう。
「ん? 何か森みたいなのがあるな」
 ふと、彼。
 運転席側の窓を見やれば、確かに草原の向こうに一部だけ森と化した不思議な区画が存在する。
 一瞬小さな森としか言葉が浮かばなかったが、そこそこ有名な場所なので私も名前は知っていた。
「長者ヶ森じゃない?」
 やれ落ち武者が逃げ込んだとか、長者が住んでいた跡地だとか色々な噂がある原生林だ。周りは背の低い草しかないにも関わらず、直径二十メートル程度の範囲だけ木々が密集しているためやたら目立つ。
 確かあの森にまつわる昔話もあったはず。
 隣り合う貧しい炭焼きの家に生まれた男女がいたが、女の子には福の神が憑いており触れた石ころや葉っぱをお金に変える事ができた。
 おかげで女の子の家は裕福になるが、幼い頃の婚約により男女が結婚してから男が怠け、夜遊びをするようになった。
 ある日夜遊びの帰り、女が用意した食事に文句をつけて投げ捨ててしまうと、蔵の中の財産が全て虫に変わってしまったという。
 それからは石ころを金に変える力も失い、長者にまで上りつめていた家は没落するのみだったという。
 その跡地がこの長者ヶ森なのだとか。

1 2 3 4